日本の元号

弘仁 (日本)

弘仁(こうにん)は、平安時代初期の日本の元号。810年から824年まで、嵯峨天皇および淳和天皇の治世下で使用されました。

📌 主なポイント

  • 弘仁は810年から824年まで使用された日本の元号である。
  • 嵯峨天皇および淳和天皇の治世と重なる。
  • 弘仁7年に空海が高野山金剛峯寺を開創した。
  • 弘仁11年に弘仁格式が編纂された。

弘仁(こうにん)は、日本の元号の一つ。大同の後、天長の前。810年から824年までの期間を指す。この時代の天皇は嵯峨天皇、および淳和天皇である。

改元

  • 大同5年9月19日(ユリウス暦810年10月20日):代始により改元。
  • 弘仁15年1月5日(ユリウス暦824年2月8日):天長に改元。

弘仁期の主な出来事

弘仁期は平安時代初期にあたり、律令制の再編や文化の変容が見られた時期である。

  • 弘仁元年(810年)薬子の変が発生。平城上皇の復権を画策した藤原薬子・仲成らが捕らえられた。
  • 弘仁3年(812年):公式行事として桜の花見の宴が初めて催された。
  • 弘仁6年(815年):国司の任期が4年に改められた。
  • 弘仁7年(816年)嵯峨天皇により検非違使が設置された。また、空海が高野山金剛峯寺を開創した。
  • 弘仁9年(818年):宮中の殿舎や諸門の名称が唐風に改められた。
  • 弘仁11年(820年):弘仁格式が完成した。

よくある質問

弘仁の期間はいつからいつまでですか?
ユリウス暦で810年10月20日から824年2月8日までです。
弘仁期に即位していた天皇は誰ですか?
嵯峨天皇および淳和天皇です。

関連記事

元号一覧 (日本)平安時代嵯峨天皇淳和天皇空海

参考文献

日本後紀、続日本後紀