日本の元号

日本室町時代の元号「康正」の歴史と概要

日本室町時代の元号である康正(こうしょう)についての歴史的背景、改元の由来、江戸城築城をはじめとする主な出来事や著名人の出生・死去を解説します。

📌 主なポイント

  • 康正は日本の元号の一つで、1455年から1457年までの期間を指す。
  • 元号の出典は『史記』および『尚書』の「平康正直」に基づく。
  • 康正3年4月8日(1457年5月1日)に太田道灌が江戸城を築城した。

康正(こうしょう)は、日本の元号の一つである。享徳の後、長禄の前であり、1455年から1457年までの期間を指す。この時代の天皇は後花園天皇、室町幕府将軍は足利義政であった。

改元と由来

享徳4年7月25日(ユリウス暦1455年9月6日)に改元が行われ、康正3年9月28日(ユリウス暦1457年10月16日)に長禄へ改元された。元号の出典は、中国の古典である『史記』および『尚書』の記述にある「平康正直」に由来している。

康正期におきた主な出来事

康正年間には、日本の歴史において重要な建築物の建立や、のちに戦国時代で活躍する多くの人物の誕生・死去が見られた。

  • 江戸城の築城:康正3年4月8日(1457年5月1日)、太田道灌が武蔵国荏原郡桜田郷に江戸城を築城した。

出生

康正年間には、後に公卿や各地の守護、戦国大名となる著名人が多数誕生している。

  • 康正元年4月25日(1455年5月11日):三条西実隆(公卿)
  • 康正元年9月3日(1455年10月13日):陶弘護(周防守護代)
  • 康正元年(1455年):赤松政則(播磨守護)、富樫政親(加賀守護)、武田元信(若狭守護)
  • 康正2年2月2日(1456年3月8日):伏見宮邦高親王(皇族)
  • 康正2年(1456年):蠣崎光広(蝦夷の領主)、北条早雲(相模・伊豆の戦国大名)
  • 康正3年(1457年):斯波義寛(尾張守護)

死去

また、皇族や近江守護の死去も記録されている。

  • 康正2年8月29日(1456年9月28日):伏見宮貞成親王(皇族、後花園天皇の父)
  • 康正2年10月2日(1456年11月8日):六角久頼(近江守護)

よくある質問

康正の期間はいつですか?
1455年から1457年までの期間です。享徳の後、長禄の前にあたります。
康正の元号の由来は何ですか?
中国の古典である『史記』および『尚書』にある「平康正直」という言葉に由来しています。
康正年間におきた主な出来事は何ですか?
康正3年4月8日(1457年5月1日)に、太田道灌が武蔵国荏原郡桜田郷に江戸城を築城したことが挙げられます。

関連記事

享徳長禄後花園天皇足利義政太田道灌北条早雲

参考文献

  • 日本歴史学会編『日本歴史地名大系』または各史料の元号対照表に基づく。