日本の教育史

高等女学校令の概要と歴史的変遷

高等女学校令の概要と歴史的変遷
明治32年に制定された高等女学校令の概要、目的、およびその後の改正と廃止に至るまでの歴史的変遷を解説します。

📌 主なポイント

  • 高等女学校令は1899年(明治32年)2月7日に公布され、同年4月1日に施行された。
  • 本令により、北海道および各府県に対し高等女学校の設置が義務付けられた。
  • 1943年(昭和18年)の中等学校令施行に伴い、本令は廃止された。

高等女学校令(明治32年2月7日勅令第31号)は、女子に対する中等教育の普及と充実を目的として制定された勅令である。1899年(明治32年)2月7日に公布され、同年4月1日に施行された。全20条から構成され、それまで中学校令や文部省令に基づく規程によって運用されていた高等女学校を、独立した法体系の下に位置づけた。

日本国政府国章(準)
日本国政府国章(準)

制定の背景と目的

高等女学校令が制定される以前、女子の中等教育機関は中学校令や高等女学校規程(明治28年文部省令第1号)に基づき、尋常中学校の一種として設置されていた。本令の制定により、高等女学校は独立した教育機関として法的に整備され、北海道および各府県に対して高等女学校の設置義務が課されることとなった。

主な規定内容

制定当初の主な規定は以下の通りである。

  • 設置義務:北海道および各府県に対し、高等女学校の設置を義務付けた。
  • 修業年限:原則として4年とされたが、土地の状況に応じて3年または5年とすることも認められた。
  • 入学資格:高等小学校2年課程の修了者(12歳以上)を対象とした。
  • 授業料:公立高等女学校においては授業料の徴収が義務付けられた。

歴史的変遷と改正

高等女学校令は、時代の要請に応じて数度の改正が行われた。

明治・大正期の改正

1907年(明治40年)の改正では、修業年限の伸縮規定が見直され、4年を基本としつつ5年までの延長が認められるようになった。また、1910年(明治43年)には、家政教育を主眼とする「実科高等女学校」の設置が認められた。1920年(大正9年)の改正では、教育目的に「国民道徳の養成」や「婦徳の涵養」が明記されるなど、時代背景を反映した内容の強化が図られた。

昭和期の改正と廃止

1941年(昭和16年)には、国民学校令の施行に伴い、入学資格に関する規定が国民学校の体系に合わせて整理された。その後、1943年(昭和18年)4月1日に中等学校令が施行されたことに伴い、高等女学校令は廃止された。

よくある質問

高等女学校令はいつ制定されましたか?
1899年(明治32年)2月7日に公布され、同年4月1日に施行されました。
高等女学校令の主な目的は何ですか?
女子に必要な中等教育を行うことを目的として制定されました。
高等女学校令はいつ廃止されましたか?
1943年(昭和18年)4月1日、中等学校令の施行に伴い廃止されました。

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参考文献

  • 文部科学省「学制百年史」
  • 官報(明治32年2月8日)