日本のプロ野球選手

工藤一彦 (元プロ野球選手)

工藤一彦は、1975年から1990年まで阪神タイガースで活躍した元プロ野球選手(投手)。土浦日大高校時代には「高校四天王」の一人として注目され、プロ入り後は先発や中継ぎとして通算66勝を挙げました。引退後は野球解説者としても活動しています。

📌 主なポイント

  • ✓1974年のドラフト会議で阪神タイガースから2位指名を受け入団。
  • ✓高校時代は土屋正勝、定岡正二、永川英植とともに「高校四天王」と呼ばれた。
  • ✓阪神タイガースでの現役通算成績は66勝63敗。
  • ✓1982年と1983年に二桁勝利を達成した。

工藤一彦(くどう かずひこ、1956年5月20日 - )は、茨城県出身の元プロ野球選手(投手)、野球解説者。1975年から1990年まで阪神タイガースに所属し、先発投手や中継ぎとして活躍した。

経歴

土浦日本大学高等学校時代、エースとして1974年の春・夏の甲子園に同校として初めて出場した。当時の高校野球界では、土屋正勝、定岡正二、永川英植らとともに「高校四天王」と称され、高い注目を集めた。同年秋のドラフト会議では阪神タイガースから2位指名を受け入団した。

プロ入り後は一軍定着まで時間を要したが、1979年に先発陣の一角として7勝を挙げる。1982年には自身初の二桁勝利となる11勝を記録し、オールスターゲームにも選出された。1983年には自己最多の13勝を挙げたが、当時の契約更改では評価が年俸に十分反映されなかったというエピソードも残されている。1985年からは中継ぎ投手としてもチームのリーグ優勝に貢献し、同年の日本シリーズにも登板した。

1990年限りで現役を引退。通算成績は308試合登板、66勝63敗4セーブであった。

引退後の活動

引退後は朝日放送やサンテレビなどの野球解説者、スポーツ紙の評論家として活動した。また、甲子園球場付近で飲食店を経営するなど、野球界と関わりを持ち続けている。

人物

現役時代、チームメイトであった岡田彰布らからは「ゾウさん」という愛称で親しまれていた。長男の工藤和樹は元NPB審判員である。

よくある質問

工藤一彦の現役時代の所属球団は?
1975年から1990年まで阪神タイガースに所属していました。
「高校四天王」とは誰のことですか?
工藤一彦、土屋正勝、定岡正二、永川英植の4名を指します。
引退後の主な活動は?
野球解説者や評論家として活動するほか、甲子園球場近くでバーを経営しています。

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参考文献

  • プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、196ページ
  • 「選抜高等学校野球大会60年史」毎日新聞社編 1989年
  • 「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年
  • Full-Count「13勝でも昇給100万円『おかしかった』 怒りの契約更改…絶望した'チーム内格差'」
  • 神戸っ子「第二のプレイボール」Vol.7
  • 週刊ベースボール 2026年5月4日号「岡田彰布のそらそうよ 第491回」