日本の政治家

倉田弘 (政治家)

倉田弘(1930-2018)は、昭和から平成時代の日本の政治家。茨城県桜村長を経て、1987年のつくば市誕生に伴い初代つくば市長を務めた。

📌 主なポイント

  • 1930年9月21日生まれ、2018年4月15日没。
  • 茨城県桜村長を経て、1987年に誕生したつくば市の初代市長に就任した。
  • つくばエクスプレス(常磐新線)の誘致に尽力した。

倉田 弘(くらた ひろし、1930年9月21日 - 2018年4月15日)は、昭和から平成時代にかけて活動した日本の政治家。茨城県新治郡桜村の村長を務めた後、1987年(昭和62年)に誕生したつくば市の初代市長として市政を担った。

経歴

茨城県新治郡桜村栗原(現在のつくば市栗原)に生まれる。1948年(昭和23年)に茨城県立土浦中学校を卒業した。その後、桜村の助役を経て、1983年(昭和58年)に桜村長に就任した。

村長在任中、倉田は周辺町村との合併協議を主導した。難航した協議をまとめ上げ、1987年11月30日、筑波郡谷田部町、大穂町、豊里町、および新治郡桜村の3町1村による新設合併が実現し、つくば市が誕生した。市制施行当初、倉田は副市長に就任し、市政の基盤構築に携わった。

1988年(昭和63年)1月17日、市長選挙を経て初代つくば市長に当選した。市長在任中には、後のつくばエクスプレスとなる常磐新線の誘致活動に尽力し、市議会と連携して地元案の決定に向けた取り組みを行った。1991年(平成3年)の市長選挙で落選し、市長職を退任した。

退任後と晩年

市長退任後は、茨城県畜産協会の副会長などを歴任し、地域社会の発展に寄与した。2018年(平成30年)4月15日、入院先の筑波記念病院にて死去した。

親族

父は茨城県議会議長を務めた倉田辰之助である。

よくある質問

倉田弘はいつまでつくば市長を務めましたか?
1988年1月17日の市長選挙で当選し、1991年の市長選挙で落選するまで務めました。
倉田弘が市長になる前に務めていた役職は何ですか?
茨城県新治郡桜村の村長を務めていました。

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つくば市茨城県つくばエクスプレス

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第36版 上』人事興信所、1991年。
  • 日外アソシエーツ編『現代政治家人名事典』日外アソシエーツ、1999年。
  • 「【訃報】倉田弘初代つくば市長が死去」NPO法人 NEWSつくば、2018年4月16日。
  • 「つくば市年表(市誕生~2000年)」つくば市、2018年1月5日。