日本史
黒船:近世日本における西洋式航洋船の呼称

黒船の歴史的背景と語源、ペリー艦隊との関連、および現代における比喩的用法について解説します。
📌 主なポイント
- ✓「黒船」の呼称は、船体の防水・防腐のために塗られた黒いピッチに由来する。
- ✓16世紀の南蛮貿易で用いられたポルトガルのキャラック船(ナオ)が、日本における黒船の初期の例である。
- ✓ペリー艦隊の軍艦はすべてが蒸気船ではなく、帆船も含まれており、艦体も木製であった。
黒船(くろふね)は、近世の日本において、主に西洋から来航した大型の航洋船を指す呼称である。船体が防水のためにピッチ(タール)で黒く塗られていた外観からその名が定着した。
初期の黒船とポルトガル船
日本において「黒船」という言葉が用いられ始めたのは、16世紀の南蛮貿易の時代に遡る。1543年のポルトガル船来航以降、マカオを拠点とした貿易において、遠洋航海に適した大型の帆船である「キャラック船(ナオ)」が使用された。これらの船は船体の防腐・防水を目的として黒いピッチが塗られていたため、日本人はこれらを「黒船」と呼んだ。1603年に編纂された『日葡辞書』にも、インドから来るピッチ塗りの船として「Curofune」の記述が見られる。

幕末のペリー艦隊
一般的に「黒船」として最も広く知られているのは、1853年および1854年に浦賀へ来航したマシュー・ペリー率いるアメリカ海軍の艦隊である。当時、日本にとって蒸気船は未知の存在であったため、黒船=蒸気船というイメージが定着したが、実際には艦隊のすべてが蒸気船であったわけではなく、帆船も含まれていた。また、当時の蒸気船は外洋では帆走を併用しており、艦体も鉄製ではなく木製であった。




現代における比喩的表現
現代の日本社会において「黒船」という言葉は、海外から突如として現れ、既存の業界秩序を大きく変えるような存在や、強力な外国資本の参入を指す比喩として用いられることがある。特定の人物や外資系企業、あるいは革新的な海外製品が日本市場に大きな影響を与えた際、メディアなどで「黒船来航」と形容される例が見られる。
よくある質問
なぜ西洋の船が「黒船」と呼ばれたのですか?
船体の防水や防腐のために、タールやピッチを塗り重ねて黒色に仕上げていたためです。
ペリーの艦隊はすべて蒸気船だったのですか?
いいえ、蒸気船だけでなく帆船も含まれていました。また、当時の蒸気船は外洋では帆走を併用していました。
「黒船」という言葉は現代でも使われますか?
はい、海外から強力な企業や製品が参入し、既存の市場に大きな変化をもたらす際の比喩として使われることがあります。
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参考文献
- Subrahmanyam, Sanjay (1993). The Portuguese empire in Asia, 1500-1700: a political and economic history. Longman. ISBN 0582050693.
- 橋本進「絵で見るペリー艦隊」(2004年)