人物

串田孫一:哲学者、詩人、山岳文学の先駆者

串田孫一:哲学者、詩人、山岳文学の先駆者
哲学者、詩人、随筆家として多岐にわたる著作を残した串田孫一の生涯と業績。山岳文芸誌『アルプ』の責任編集者としての活動や、その思想的背景を解説します。

📌 主なポイント

  • 1915年東京生まれ、2005年没(享年89歳)。
  • 東京帝国大学で哲学を学び、パスカル研究などで知られる。
  • 山岳文芸誌『アルプ』の責任編集者を1958年の創刊から1983年の終刊まで務めた。
  • 1980年に紫綬褒章を受章。

串田孫一(くしだ まごいち、1915年11月12日 - 2005年7月8日)は、日本の哲学者、詩人、随筆家です。山岳文学の分野でも多大な足跡を残し、文芸誌『アルプ』の責任編集者として知られています。

経歴

1915年、東京市芝区(現・東京都港区)に生まれました。旧制東京高等学校を経て、東京帝国大学文学部哲学科に進学し、1938年に卒業しました。在学中から執筆活動を行い、1938年には処女短編集『白椿』を刊行しています。

卒業後は上智大学などで教鞭をとり、戦後はパスカル研究などの哲学書を上梓しました。1958年には尾崎喜八らと共に山の文芸誌『アルプ』を創刊。1983年の終刊まで責任編集者を務め、日本の山岳文学の発展に大きく貢献しました。また、東京外国語大学教授も務め、1965年に退官しました。同年からはFMラジオ番組「音楽の絵本」のパーソナリティを長年担当し、幅広い層に親しまれました。

思想と著作

串田の著作は、哲学、山岳文学、随筆、詩集、翻訳など多岐にわたります。特にパスカルに関する研究や、日常の思索を綴ったエッセイは高く評価されており、代表作に『山のパンセ』や詩集『羊飼の時計』などがあります。その文体は静謐で、自然や日常の風景に対する深い洞察が特徴です。

家族

父は三菱銀行会長を務めた串田万蔵です。長男の串田和美は俳優・演出家として、次男の串田光弘はグラフィックデザイナーとして活躍しています。

晩年

2005年7月8日、老衰のため東京都小金井市の自宅にて89歳で死去しました。墓所は谷中霊園にあります。

よくある質問

串田孫一の代表的な著作は何ですか?
『山のパンセ』や詩集『羊飼の時計』が代表作として知られています。
『アルプ』とはどのような雑誌ですか?
1958年に創刊された山岳文芸誌です。串田孫一が責任編集者を務め、山岳文学の発展に重要な役割を果たしました。
串田孫一はどのような学問を専門としていましたか?
東京帝国大学で哲学を専攻し、特にパスカル研究やフランス哲学に関する著作を多く残しました。

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山岳文学パスカル東京帝国大学随筆

参考文献

  • 中村誠『山の文芸誌「アルプ」と串田孫一』青弓社、2014年。
  • 東京高等学校編『東京高等学校一覧 第17』1942年。
  • ZAKZAK「串田孫一氏死去…紀行、エッセー、多彩な文筆活動」2005年7月9日。
  • 大塚英良『文学者掃苔録図書館』原書房、2015年。
  • 『人事興信録』第8版、第38版。