音楽史

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル:モーツァルト研究とケッヘル番号の業績

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル:モーツァルト研究とケッヘル番号の業績
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの全作品目録「ケッヘル番号」を編纂したオーストリアの音楽学者、植物学者ルートヴィヒ・フォン・ケッヘルの生涯と業績を解説。

📌 主なポイント

  • ルートヴィヒ・フォン・ケッヘルは1800年にオーストリアのシュタインで生まれた。
  • 1862年にモーツァルトの全作品目録を出版し、ケッヘル番号の基礎を築いた。
  • 音楽学だけでなく、植物学や鉱物学の分野でも業績を残した。

ルートヴィヒ・アロイス・フェルディナント・リッター・フォン・ケッヘル(ドイツ語: Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Köchel, 1800年1月14日 - 1877年6月3日)は、オーストリアの音楽学者、作曲家、植物学者、鉱物学者、教育者である。1862年にヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの全作品目録を出版し、そこで割り振られた番号は「ケッヘル番号」として現在も広く音楽界で活用されている。

生涯と経歴

1800年1月14日、オーストリアのニーダーエスターライヒ州シュタインに生まれた。父はパッサウ司教宮殿の管財人であり、祖父や叔父が市長を務めた家系であった。地元のギムナジウムを最優秀の成績で卒業後、ウィーン大学で法律を学び、1827年に法学博士号を取得した。その後、貴族の家庭教師を経てカール大公一家の家庭教師となり、大公の宮殿内に居住した。1842年に家庭教師の職を退いた際には、レオポルト騎士団勲章を授与され貴族に叙せられている。

本職の傍ら、幼少期からの趣味であった鉱物学や植物学の研究にも熱心に取り組み、帝立鉱物標本館での講聴や帝立動植物協会の終身会員に推挙されるなど、科学分野でも足跡を残した。

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘルの肖像画
ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル

モーツァルト全作品目録の編纂

1851年、友人のフランツ・ローレンツから著作『モーツァルトのこと』が送られたことを契機に、モーツァルトの作品散逸を防ぐための全作品目録の作成を決意した。1850年から1863年までザルツブルクに滞在し、調査と編纂を進めた。

1862年、ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から『モーツァルト全音楽作品の年代別主題別目録』として出版された。この目録は、1761年から1791年までの626曲を生誕からの年代順に配列し、譜例や自筆譜の保管先などのデータを網羅したものである。各曲に付与された通し番号は、のちに「ケッヘル番号」と呼ばれるようになった。

晩年

目録出版の翌年にウィーンへ戻り、ブライトコプフ社へのモーツァルト全集の刊行要請や、ベートーヴェンの書簡集の編纂、オーストリア宮廷音楽史の執筆など精力的に活動した。1871年にはヨハン・ヨーゼフ・フックス研究の功績によりウィーン楽友協会の名誉会員に選ばれている。1877年にウィーンで死去し、中央墓地に埋葬された。

よくある質問

ケッヘル番号とは何ですか?
ルートヴィヒ・フォン・ケッヘルが1862年に編纂したモーツァルトの作品目録において、作曲年代順に付与された番号のことです。
ケッヘルは音楽以外の分野でどのような活動をしていましたか?
植物学や鉱物学の研究に深く携わっており、鉱石の蒐集や学術的な著作の発表を行っていました。

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参考文献

小宮正安『モーツァルトを「造った」男 ケッヘルと同時代のウィーン』講談社学術文庫、2011年。