日本の橋
万世橋の歴史的変遷と構造物概要

東京都千代田区的神田川に架かる万世橋の歴史的変遷、周辺の構造物、地下室遺構の調査について解説する百科事典記事。
📌 主なポイント
- ✓万世橋は東京都千代田区の中央通り(国道17号)に架かり、神田川を渡る橋である。
- ✓明治初期の1873年に石造りの眼鏡橋として架けられたのが近代における始まりである。
- ✓現在の橋は1930年に完成した石・コンクリート混成のアーチ橋である。
- ✓橋の下流側南北両詰には地下室遺構があり、調査により南側は公衆トイレの遺構であることが判明している。
万世橋(まんせいばし)は、東京都千代田区にある神田川に架かる橋の一つであり、中央通り(国道17号)を通している。秋葉原電気街の南端に位置し、神田駅周辺エリアとを結ぶ重要な交通路となっている。

概要と地理的特徴
橋の北側は千代田区外神田一丁目、南側は千代田区神田須田町一・二丁目にあたる。南詰を渡ってすぐの場所には、JR中央線の万世橋架道橋ガードが存在する。上流側には昌平橋が架かり、下流側には鉄道橋の神田川橋梁や人道橋の神田ふれあい橋が位置している。かつて南詰のすぐ西側には交通博物館(2006年閉館)が存在した。

歴史的変遷
万世橋および近隣の昌平橋を巡る歴史的経緯は複雑である。地理的前身となったのは昌平橋であり、名称上の前身は筋違橋の名称変更および位置の変更に由来する。
- 1676年(延宝4年):徳川将軍が寛永寺へ参詣する際に渡る橋として、現在の昌平橋の下流側に筋違橋が架けられた。
- 1872年(明治5年):筋違見附が取り壊され、翌1873年にその石材を利用してアーチ二連の石造りの橋が架けられた。当時の東京府知事大久保忠寛により「萬世橋(よろずよばし)」と命名されたが、のちに「まんせいばし」の読みが定着した。
- 1903年(明治36年):一時的に昌平橋と呼ばれていた仮木橋の位置に新万世橋が架け直された。
- 1930年(昭和5年):帝都復興事業および東京地下鉄道の渡河工事に伴う水路変更の必要性から、現在の長さ26m、幅36mの石およびコンクリート混成のアーチ橋へと架け替えられた。
下流側南北両橋詰の地下室遺構
橋の下流側南北両橋詰にはそれぞれ地下室が存在しており、長らくその用途は明確ではなかった。

交通史同人サークル「TJ1914」による2020年にかけての図面や資料調査により、南側の地下室は公衆トイレの遺構であり、北側の地下室は荷揚場の可能性があることが判明した。

2021年には千代田区による取材も行われ、タイルが張り巡らされた南側地下室の内部構造などが公開されている。
よくある質問
万世橋はどこにありますか?
東京都千代田区の外神田と神田須田町の間に位置し、神田川に架かる中央通りの橋です。
万世橋の現在の橋はいつ架けられたものですか?
帝都復興事業および地下鉄建設に伴い、1930年(昭和5年)に架けられたコンクリート混成のアーチ橋です。
橋のたもとにある地下室は何のために作られたものですか?
交通史関連の調査により、南側の地下室は公衆トイレの遺構、北側の地下室は荷揚場の可能性が高いことが判明しています。
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参考文献
清水晴風著『東京名物百人一首』明治40年8月「萬世橋(めがね橋)」国立国会図書館蔵書
伊東孝『東京の橋 水辺の都市景観』鹿島出版会、1986年。
TJ1914編『万世橋橋詰謎施設調査発表誌』2021年。
広報千代田 No.1552 千代田区、2021年。