人物・実業家
益田太郎冠者:明治・大正期の財界人にして異色の喜劇作家

三井物産創始者・益田孝の次男であり、台湾製糖などの実業家を務めつつ「太郎冠者」の筆名で多くの喜劇や流行歌を手掛けた益田太郎の生涯と業績を紹介。
📌 主なポイント
- ✓1875年、三井物産創始者・益田孝の次男として生まれる。
- ✓実業家として台湾製糖の社長などを歴任した。
- ✓「太郎冠者」の筆名で喜劇作家・流行歌の作詞家としても活動した。
- ✓1939年に貴族院男爵議員に就任した。
益田太郎冠者(ますだ たろうかじゃ、1875年(明治8年)9月25日 - 1953年(昭和28年)5月18日)は、日本の実業家、貴族院議員、男爵。本名は太郎。実業家として多くの企業の要職を歴任する傍ら、「太郎冠者」の筆名で劇作家・音楽家としても活動し、明治末期から大正時代にかけて数多くの喜劇や流行歌を生み出した。

生涯と経歴
三井物産の創始者である男爵・益田孝の次男として東京府で生まれる。青年期に英国留学を経験し、現地の演劇や文化に親しんだ。帰国後は横浜正金銀行への就職を経て、父の命により実業の世界へ入り、日本製糖や台湾製糖などの役員を務めた。1939年には台湾製糖の社長に就任し、のちに貴族院議員も務めた。
演劇活動と「太郎冠者」
ヨーロッパ留学中に本場のオペレッタやコントに触れた経験から、帰国後は文芸趣味を生かしてユーモアに富んだ喜劇脚本の執筆を開始した。帝国劇場の創設にともない役員に就任し、劇場の女優養成事業を引き継ぐなどして演劇界の発展に寄与した。「太郎冠者」のペンネームで数多くの戯曲を発表したほか、コミックソング「コロッケー」(通称「コロッケの唄」)の作詞なども手掛けた。
よくある質問
益田太郎冠者の本名は何ですか?
本名は太郎です。
益田太郎冠者の父親は誰ですか?
三井物産の創始者である男爵・益田孝です。
どのような作品が有名ですか?
戯曲のほか、コミックソング「コロッケー」(通称「コロッケの唄」)の作詞などがよく知られています。
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益田孝帝国劇場台湾製糖貴族院
参考文献
- 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 高野正雄『喜劇の殿様―益田太郎冠者伝』角川書店、2002年。