日本の河川
佐賀県の主要河川:松浦川の地理と歴史

佐賀県北部を流れる一級河川・松浦川の地理、名称の由来、歴史的な河川改修について詳しく解説する百科事典記事です。
📌 主なポイント
- ✓松浦川は佐賀県北部を流れる一級水系の本流である。
- ✓水源は佐賀県にある青螺山であり、最終的に唐津湾へ注ぐ。
- ✓西暦1600年頃、寺沢広高による大規模な河川改修によって現在の流路が整備された。
松浦川(まつうらがわ)は、佐賀県北部を流れる松浦川水系の本流であり、国土交通省によって指定された一級河川である。

地理
武雄市北西部の黒髪山の北に位置する青螺山(標高599.2m)を水源とする。伊万里市東部で筑肥線に沿うように北へ流れ、唐津市相知町で厳木川と、同市養母田で徳須恵川と合流する。唐津市市街地付近で川幅を広げ、最終的に唐津湾へと注ぐ。河口の西岸には唐津城がそびえている。



名称の由来
「松浦」の名称は、松浦郡の郡名に由来している。古代の『万葉集』では「麻通羅」や「麻都良」と表記されており、当時は「まつら」と呼ばれていた。『魏志倭人伝』には弥生時代の地名として「末盧国」が記載されている。『古事記』『日本書紀』『肥前国風土記』などの記述によれば、神功皇后が三韓征伐の折にこの川で釣ったアユを見て「珍しき物」と言ったという説話にちなんで「梅豆羅国(めずらのくに)」と呼ばれ、それがのちに転訛して「松浦」になったとされる説が存在する。
歴史と河川改修
戦国時代から江戸時代にかけて、現在の唐津市周辺には松浦川と波多川(現在の徳須恵川)という2つの独立した河川が存在していた。当時はそれぞれ異なる場所で唐津湾に注いでいたが、西暦1600年頃、豊臣秀吉の命を受けて唐津地方を統治した寺沢広高が満島山に唐津城を築城した際に大きな改修が行われた。満島山の東側を掘削して波多川の新しい河口とし、元の河口を埋め立てて城下町を形成した。さらに、度重なる氾濫を防ぐために松浦川と波多川を一本化する大工事が実施され、現在の流路の原型が形作られた。
主な支川
河川法に基づき認定されている主な支川には以下の河川がある。
- 半田川
- 徳須恵川
- 山田川(徳須恵川支川)
- 田中川(徳須恵川支川)
- 厳木川
よくある質問
松浦川の水源はどこですか?
佐賀県にある青螺山(標高599.2m)を水源としています。
「松浦」という名称の由来は何ですか?
古代の松浦郡の郡名に由来しており、神功皇后の説話にちなむ「梅豆羅国」から転訛したという説などが伝えられています。
松浦川の河口付近には何がありますか?
河口の西側には唐津城がそびえています。
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参考文献
唐津市. “唐津の名の起こり”. 唐津市. 2019年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月7日閲覧。