日本の歴史
明治維新における三傑の功績と歴史的評価

幕末から明治維新にかけて倒幕と新政府樹立に尽力した西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允の「維新の三傑」に関する歴史的背景や評価を解説します。
📌 主なポイント
- ✓維新の三傑とは西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允の3人を指す。
- ✓死後間もない1878年にはすでに彼らの伝記をまとめた『皇国三傑伝』が刊行されていた。
- ✓木戸の養子・正二郎と大久保の長男・利和は、華族令発布当初より無位無官の家出身として例外的に侯爵に列せられた。
維新の三傑(いしんのさんけつ)とは、日本において幕末の倒幕運動から明治維新にかけて尽力した志士である、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允の3人を指す言葉である。
三傑の構成



| 氏名 | 出身藩 | 出生年 | 死亡年 |
|---|---|---|---|
| 西郷隆盛 | 薩摩藩 | 1828年 | 1877年 |
| 大久保利通 | 薩摩藩 | 1830年 | 1878年 |
| 木戸孝允 | 長州藩 | 1833年 | 1877年 |
歴史的受容と関連する顕彰
3人の死後間もない1878年11月には、大久保・木戸・西郷の伝記をまとめた岩村吉太郎編『皇国三傑伝』が刊行されている。その後も1884年刊の山脇之人『維新元勲十傑論』や1892年刊の内山正如編『維新元勲三傑詩文集』などで取り上げられ、「明治復古の鴻業偉蹟は首として三氏の忠誠に出づ」として明治維新の三傑と称されるようになった。
一方で、選定には異説や他の論者による十傑の提示なども存在した。例えば、山脇之人の『維新元勲十傑論』では、三傑に加えて江藤新平、横井小楠、大村益次郎、小松帯刀、前原一誠、広沢真臣、岩倉具視が「十傑」として挙げられている。
遺族に対する処遇
明治初期における功臣の遺族に対する叙爵において、木戸の養子・正二郎と大久保の長男・利和は、大名・公家以外の出身者としては華族令発布当初より侯爵に列せられた。また、西南戦争により一時は逆賊扱いとなった西郷隆盛も、明治22年(1889年)2月11日に正三位を追贈されて名誉回復がなされ、1902年には遺児である寅太郎が維新の功によって侯爵に叙された。
よくある質問
維新の三傑とは誰のことですか?
薩摩藩出身の西郷隆盛和大久保利通、そして長州藩出身の木戸孝允の3人を指します。
維新の三傑という呼び方はいつ頃から定着しましたか?
3人の死後間もない1878年に伝記『皇国三傑伝』が刊行され、その後1880年代から1890年代にかけて出版物を通じて広く称されるようになりました。
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参考文献
- 岩村吉太郎編『皇国三傑伝』1878年。
- 山脇之人『維新元勲十傑論』1884年。
- 内山正如編『維新元勲三傑詩文集』1892年。