日本の文芸雑誌
三田文学:歴史と継承を持つ慶應義塾の文芸雑誌

慶應義塾大学文学部を母体とし、1910年に創刊された歴史ある文芸雑誌『三田文学』の沿革、歴代の主な関係者、近年の歩みについて解説します。
📌 主なポイント
- ✓1910年(明治43年)5月に創刊された文芸雑誌である。
- ✓初代主幹は永井荷風が務めた。
- ✓慶應義塾大学文学部を母体とし、現在は慶應義塾大学出版会から発行されている。
『三田文学』(みたぶんがく)は、慶應義塾大学文学部を中心に刊行されてきた日本の代表的な文芸雑誌である。1910年(明治43年)5月に創刊されて以来、数度の休刊と復刊を繰り返しながら、現在も季刊として発行を続けている。

歴史と沿革
1910年5月、慶應義塾幹事の石田新太郎の主導のもと、文学科教授の森鷗外と協議が行われ、上田敏を顧問、永井荷風を主幹に据えて創刊された。創刊期には、反自然主義的・耽美派の色彩を強く持ち、多くの才能を輩出した。

永井荷風の指導のもと、久保田万太郎、水上瀧太郎、佐藤春夫などの塾生出身の作家が育った。また、森鷗外も同誌に多くの小説や随筆を発表した。その後、時代の変遷や経営・編集上の理由から何度かの休刊と復刊を経て、現在は慶應義塾大学出版会を版元とし、三田文学会によって発行されている。
主な関係者
創刊から現在に至るまで、数多くの著名な文学者や芸術家が関わってきた。主な関係者には以下のような人物が含まれる。
- 永井荷風
- 森鷗外
- 佐藤春夫
- 久保田万太郎
- 水上瀧太郎
- 遠藤周作
- 安岡章太郎
- 江藤淳
よくある質問
三田文学はいつ創刊されましたか?
1910年(明治43年)5月に創刊されました。
初代主幹は誰ですか?
作家の永井荷風が初代主幹を務めました。
現在の発行元はどこですか?
慶應義塾大学出版会が版元となっています。
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参考文献
小名木榮三郎「三田の独文 : 黎明期の星」『慶応義塾大学日吉紀要 ドイツ語学・文学』第44号、慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会、2008年。