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宮城テレビ放送の概要と歴史

📌 主なポイント
- ✓1970年1月17日に設立された宮城県のテレビ放送局。
- ✓日本テレビ系列(NNN・NNS)のフルネット局。
- ✓愛称は「ミヤテレ」、略称は「MMT」。
宮城テレビ放送株式会社は、宮城県を放送対象地域とするテレビジョン放送事業者です。日本テレビ系列(NNN・NNS)のフルネット局として知られ、愛称は「ミヤテレ」です。

歴史と変遷
1970年10月1日に日本テレビおよびNETテレビ(現・テレビ朝日)のクロスネット局として開局しました。開局当初の略称は「MTB」でした。1975年10月、東日本放送の開局に伴いANNを脱退し、日本テレビ系列のフルネット局へと移行しました。これに合わせ、略称を「mm34」、通称を「ミヤギテレビ」へ変更するCI(コーポレート・アイデンティティ)導入が行われました。
1985年からは、現在の略称である「MMT」が使用されています。2010年の開局40周年を機に、親しみやすい愛称として「ミヤテレ」が導入されましたが、報道番組等では引き続き「ミヤギテレビ」の呼称やロゴも使用されています。

企業概要
本社は宮城県仙台市宮城野区に所在します。主な株主にはカメイ株式会社や読売新聞グループなどが名を連ねており、地域経済およびメディア界において重要な役割を担っています。放送法に基づくテレビ放送事業のほか、各種イベントの企画・運営も手掛けています。

よくある質問
宮城テレビ放送の愛称は何ですか?
愛称は「ミヤテレ」です。2010年の開局40周年を機に導入されました。
いつ開局しましたか?
1970年10月1日に開局しました。
どの系列のテレビ局ですか?
日本テレビ系列(NNN・NNS)のフルネット局です。
参考文献
- ただし、箱根駅伝中継での制作協力クレジットは、「宮城テレビ」と表示される。
- クロスネット当時は毎日新聞社会長の田中香苗がミヤギテレビの取締役を務めていた。この関係で当時ANN準キー局だった毎日放送の番組も多くネットしていた。
- 当時のNETテレビには日本経済新聞社も出資していた。東日本放送の開局に伴い撤退。
- ただし、英文社名も含めれば仙台放送も社名に「Television」がつく(Sendai Television Incorporated)。
- 他5局は、県庁所在地都市名(NHK仙台放送局・仙台放送・エフエム仙台)や地域・地方名(東北放送・東日本放送)が付く。
- 略称に親局のアナログチャンネル番号を用いた放送局は、宮城テレビ放送の他に富山県の富山テレビ放送(T34。後にBBT)や新潟県の新潟テレビ21(NT21。後にUX)の例がある。
- 社名は、株式会社宮城テレビ放送のまま。
- 放送開始・終了時の映像において呼出名称として90年代まで「MTB宮城テレビ」が使用された。
- 系列局では、日本テレビ放送網と日本海テレビジョン放送の支社も入居。
- 宮城テレビ放送 社外取締役
- 宮城テレビ放送 代表取締役社長
- 宮城テレビ放送 非常勤取締役
- 宮城テレビ放送 専務取締役
- 宮城テレビ放送 監査役
- 宮城テレビ放送 取締役副社長
- 宮城テレビ放送 代表取締役会長
- 広島ホームテレビと同日の開局。広島県も先発2局がVHF局。同じく先発2局がVHF局エリアにある北海道テレビ放送は1968年(昭和43年)11月開局。
- 東北放送テレビ、仙台放送も同日開始。
- 但し、終了直前の2011年3月11日に東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生した影響により、事実上打ち切りとなった。
- なお、ミテは、ミヤギテレビの公式サイトで当面の間見ることができた。
- 2025年4月7日にスタート。東日本放送からの移行。
- 山梨放送・北日本放送・福井放送・四国放送・高知放送・テレビ大分を除く。
- 2020年度は新型コロナウイルス感染予防への対応で休止の為、本来の最終日には特別編を放送。
- 日本テレビと同時刻だが遅れネット。
- 内容により放送時間は異なる。
- 第266話以降を放送。第1話から第150話までは仙台放送で放送された後打ち切りとなり、第151話から第266話までの115話分が県内で未放送。
- 他にテレビ東京が宣伝協力で関与
- 日本テレビ系全30局で放送
- なおNTV版『キユーピー3分クッキング』はMTB開局後も引き続き仙台放送でネットされたが1975年6月28日をもって終了。のちにtbcで自社製作版がスタートしている(現在tbcではCBC版が放送中)。
- 育児休暇中であった安斎の穴埋めとなるべく契約アナとして入社。当初は安斎の育休期間内の穴埋め勤務だったが安斎が2011年4月に仕事復帰した。しかし、2010年10月に深井が産休・育休期間に入ってしまったため、2012年3月まで勤務した。
- 日本民間放送連盟『日本民間放送年鑑2023』コーケン出版、2023年11月30日、263頁。
- 株式会社宮城テレビ放送 第56期決算公告
- 基幹放送事業者の議決権保有状況等 地上系放送事業者 - 総務省電波利用ホームページ
- 8349 東北銀行|役員の状況 - 榧野信治 IR BANK
- ”株式会社宮城テレビ放送”. “おすすめテレビ|MMT ミヤギテレビ”. MMT ミヤギテレビ. 2023年4月5日閲覧。
- “宮城テレビ放送/有効活用の検討へ/仙台市泉中央に用地取得/仙台市地下鉄泉中央駅東側の約6100㎡”. みやぎ建設新聞 (2021年11月5日). 2021年11月8日閲覧。
- @iketerubouzu (2021年11月8日). “【お知らせ】”. X(旧Twitter)より2021年11月8日閲覧.
- “【速報】ミヤテレが仙台・泉中央に本社移転へ 2033年度の利用開始”. 河北新報 (2026年7月30日). 2026年7月30日閲覧。
- 日本民間放送連盟『日本民間放送年鑑2021』コーケン出版、2015年12月10日、258頁。
- 日本民間放送連盟『日本放送年鑑'78』洋文社、1978年12月、128頁。
- 日本民間放送連盟『日本民間放送年鑑'92』コーケン出版、1992年11月、191頁。
- 日本民間放送連盟『日本民間放送年鑑2003』コーケン出版、2003年11月、196頁。
- 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(55年3月)」『月刊民放』第10巻第6号、日本民間放送連盟、1980年6月1日、50頁、NDLJP:3470934/26。
- “新着情報 - Topics”. 株式会社営放プロデュース. 2022年5月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年10月13日閲覧。
- ミヤギテレビ開局30周年記念委員会総務広報小委員会 企画・編集『ミヤギテレビ30年のあゆみ』宮城テレビ放送、2000年、34,130頁。
- “番組表”. 河北新報. 1975年9月.
- 『福島民報』1977年1月9日付朝刊、テレビ欄。
- 『福島民報』1978年12月16日付朝刊、テレビ欄。
- 『福島民報』1979年12月1日付朝刊、テレビ欄。
- 『福島民報』1979年12月23日付朝刊、テレビ欄。
- 『福島民報』1981年4月25日付朝刊、テレビ欄。
- 『福島民報』1981年7月25日付朝刊、テレビ欄。
- 『福島民報』1983年2月11日付朝刊、テレビ欄。
- 『福島民報』1983年10月8日付朝刊、テレビ欄。
- 『福島民報』1985年3月17日付朝刊、テレビ欄。
- 『福島民報』1991年4月16日付朝刊、テレビ欄。
- 『福島民報』1992年4月28日付朝刊、テレビ欄。
- 『福島民報』1993年4月6日付朝刊、テレビ欄。
- 河北新報マイクロフィルム1970年10月分のテレビ欄で確認。
- ラジオ石巻・FM764のつぶやき(1)民謡の魅力を伝えて
- 令和の在仙民放アナウンサーの異動のまとめ 令和7年版 みむめもーど 2025年8月20日閲覧。
- 「ご挨拶」
- 「旅立ちと出会いの春」
- 「いつも応援してくださる皆様へ」
- 「ありがとうございました」
- スクール理念|セント・フォース カレッジ(cent.force.GOLLGE)
- 藤村由紀子 - ぐっどもーにんぐ
- 黒沼真里 - ぐっどもーにんぐ
- http://www.mmt-tv.co.jp/mmttower/
- あまの Twitter 2013年9月26日
- TF Twitter 2013年9月27日