日本の歴史・地誌
都名所図会:江戸時代の京都を伝える地誌

江戸時代後期に刊行された京都の地誌『都名所図会』について、その歴史的背景や内容、著者である秋里籬島と竹原春朝斎の役割を解説します。
📌 主なポイント
- ✓1780年(安永9年)に刊行された京都の地誌である。
- ✓秋里籬島が文章を、竹原春朝斎が挿絵を担当した。
- ✓全6巻11冊で構成され、京都市中だけでなく山城国全域をカバーしている。
- ✓後の名所図会ブームの先駆けとなった。
『都名所図会』(みやこめいしょずえ)は、江戸時代後期の安永9年(1780年)に刊行された京都に関する地誌です。全6巻11冊で構成されており、当時の京都の風景や名所、伝説、名物などを詳細に記録しています。本書は、その後の日本各地で刊行される「名所図会」ブームの先駆けとなった重要な文献として知られています。
構成と内容
本書の記述範囲は「都名所」という題名から連想される洛中・洛外にとどまらず、山城国全域に及んでいます。巻1から巻3までは主に京都市中の名所を扱い、巻4と巻5では宇治や八幡といった京都郊外の山城各地域を網羅しています。先行する『京童』や『京雀』といった地誌の伝統を継承しつつ、実地踏査に基づいた詳細な解説と、竹原春朝斎による精緻な鳥瞰図や風俗図が大きな特徴です。

本書は刊行当時から広く支持を集め、その好評を受けて天明7年(1787年)には続編である『拾遺都名所図会』が刊行されました。

制作
本書の執筆は秋里籬島が担当し、挿絵は竹原春朝斎(竹原信繁)が手掛けました。実地に基づいた視覚的な情報は、当時の読者にとって京都の魅力を伝える画期的な媒体となり、後の旅行文化の発展にも寄与しました。
よくある質問
『都名所図会』は何巻で構成されていますか?
全6巻11冊で構成されています。
続編はありますか?
はい、1787年(天明7年)に『拾遺都名所図会』が刊行されています。
誰が制作しましたか?
文章は秋里籬島、挿絵は竹原春朝斎(竹原信繁)が担当しました。
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参考文献
- 秋里籬島 著、竹原信繁 画『都名所図会』河内屋太助、1786年(国立国会図書館デジタルコレクション)
- 吉原健一郎「都名所図会」『国史大辞典15』吉川弘文館、1996年、154-155頁。