人物

宮津航一:子ども食堂運営と「こうのとりのゆりかご」当事者としての活動

「こうのとりのゆりかご」に預けられた当事者として知られる宮津航一の経歴と、子ども食堂の運営や講演活動を通じた社会貢献について解説します。

📌 主なポイント

  • ✓2007年5月10日、運用初日の「こうのとりのゆりかご」に預けられた。
  • ✓宮津美光・みどり夫妻の養子として育てられた。
  • ✓2022年より実名を公表し、当事者として講演活動を行っている。
  • ✓一般社団法人子ども大学くまもとの理事長を務める。

宮津航一(2003年11月5日 - )は、日本の大学生であり、子ども食堂の運営や社会福祉活動に携わる人物です。熊本市の慈恵病院に設置された「こうのとりのゆりかご」に預けられた当事者として知られています。

「こうのとりのゆりかご」と生い立ち

2007年5月10日、運用初日の「こうのとりのゆりかご」に預けられました。当時3歳であった宮津は、その後、熊本市内で飲食店を営む宮津美光・みどり夫妻の養子として引き取られました。成長過程で実母の死などの背景が判明し、高校2年時に正式な養子縁組を行いました。

社会活動

2021年より「ふるさと元気子ども食堂」の代表として活動を開始しました。2022年に熊本県立大学へ進学したことを機に、当事者として実名を公表し、「こうのとりのゆりかご」の意義や自身の経験について語る講演活動を全国で行っています。2023年には、慈恵病院の元看護部長である田尻由貴子らと共に「一般社団法人子ども大学くまもと」を設立し、理事長に就任しました。

よくある質問

宮津航一はどのような活動をしていますか?
ふるさと元気子ども食堂の代表や、一般社団法人子ども大学くまもとの理事長として、子ども支援や社会福祉に関する活動を行っています。
「こうのとりのゆりかご」に預けられたのはいつですか?
2007年5月10日の運用初日に預けられました。
実名を公表したのはいつですか?
2022年に熊本県立大学へ進学した際、自身の言葉で伝えるために実名を公表しました。

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こうのとりのゆりかご慈恵病院子ども食堂

参考文献

  • 読売新聞・東京夕刊 (2007年5月15日)「赤ちゃんポストに想定外の3歳児」
  • 熊本日日新聞 (2022年3月26日)「159人の一人の僕 大切なのは『その後』の人生」
  • 朝日新聞・朝刊・熊本 (2022年5月21日)「『ゆりかご』に預けられた当事者に密着」