暦法・干支

壬子 (干支)

干支の組み合わせの49番目である壬子(みずのえね)についての詳細解説。陰陽五行における性質、年・月・日の算出方法、および関連する歴史的背景や迷信について。

📌 主なポイント

  • 壬子は干支の組み合わせの第49番目である。
  • 十干の「壬」と十二支の「子」はどちらも陽の水であり、比和の関係にある。
  • 西暦年を60で割って52が余る年が壬子の年となる。
  • 壬子の日は選日における八専の1日目である。

壬子(みずのえね、じんすいのねずみ、じんすいのね、じんし)は、日本の暦法や占術などで用いられる干支(えと)の組み合わせの一つであり、60ある干支の第49番目にあたる。前年は辛亥(58番目)、翌年は癸丑(50番目)である。

陰陽五行における性質

十干の「壬(みずのえ)」は陽の水、十二支の「子(ね)」も陽の水であり、陰陽五行説においては「比和(ひわ)」の関係にある。同じ五行の気が重なる組み合わせの一つとして位置づけられている。

壬子の年

西暦年を60で割って52が余る年が壬子の年となる。近代以降では1912年や1972年などがこれに該当する。

歴史的背景と迷信

五行において水性が重なることから、かつての民間では「丙午の年には火災が多い」という俗信になぞらえ、「壬子の年には水害が多い」という迷信が存在した。江戸時代後期には曲亭馬琴が随筆などでこの類推に言及している。

一方で、「丙午生まれの女性は気性が激しい」といった強い迷信が生じた丙午とは異なり、「壬子生まれの男性は気が弱い」といった俗信が社会的に広く定着することはなかった。例えば、第二次ベビーブームの最中にあたった1972年(昭和47年)の壬子においては出生者数が約200万人に達しており、出生数への大きな影響は見られなかった。また、1852年(嘉永5年)や1912年(明治45年/大正元年)の壬子生まれにおいても、干支を理由とした婚姻の制限などの風習は確認されていない。

壬子の月と日

壬子の月は、西暦年の下1桁が2または7(十干が壬・丁の年)の11月にめぐってくる。ただし、ここで指す月は旧暦の月や、節気に基づく節月(大雪から小寒の前日まで)を指す場合がある。

壬子の日は、選日における「八専」の期間の1日目にあたる。

よくある質問

壬子とは何ですか?
干支(十干十二支)の組み合わせの49番目のものを指します。読み方は「みずのえね」または「じんし」です。
壬子の年はいつですか?
西暦年を60で割った余りが52になる年が壬子の年です。直近では1972年があり、次回は2032年になります。
壬子の年の陰陽五行における特徴は?
十干の壬が陽の水、十二支の子が陽の水であり、同じ五行が重なる「比和」の関係にあります。

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参考文献

日本ワムネット・各種暦法資料および古典籍における記述に基づく。