分子動力学法:原子・分子の挙動を追う計算科学シミュレーション手法

📌 主なポイント
- ✓分子動力学法(MD法)は、原子や分子の物理的な運動をニュートンの運動方程式に基づいて数値的に追跡するシミュレーション手法である。
- ✓1950年代末にAlderとWainwrightによって剛体球のシミュレーションとして開発され、1960年代にRahmanによって液体アルゴンの計算へと拡張された。
- ✓計算対象とする物理的条件に応じて、NVE、NVT、NPTなど多様な統計集団(アンサンブル)の計算に対応している。
分子動力学法(ぶんしどうりきがくほう、英: molecular dynamics、MD法)は、原子ならびに分子の物理的な動きをコンピュータ上で再現・追跡するためのシミュレーション手法である。
一定の時間内における原子や分子の相互作用を許すことにより、多体系における動的な状態の変化や時間発展を観察することが可能となる。最も一般的な古典的MD法では、系の粒子間に働く力とポテンシャルエネルギーを分子力学力場(原子間ポテンシャル)によって定義し、ニュートンの運動方程式を数値的に解くことで粒子の軌跡を決定する。
歴史的背景
分子動力学法は、1950年代末に理論物理学の分野で考案された。モンテカルロシミュレーションの成功に続き、1957年にB. J. AlderとT. E. WainwrightがIBM 704計算機を用いて剛体球の完全な弾性衝突シミュレーションを実施したのが初期の画期的な成果である。
1960年代に入ると、A. Rahmanがレナード=ジョーンズ・ポテンシャルを導入した液体アルゴリズムのシミュレーションを発表し、自己拡散係数などの物理量が実験データとよく一致することを示した。その後、1970年代以降は生化学や生物物理学、材料科学へと応用範囲が急速に拡大していった。
基本原理と統計力学的背景
分子系は膨大な数の粒子から構成されているため、その性質を解析的に解くことは極めて困難である。MDシミュレーションはこの問題を数値計算によって克服する。
エルゴード仮説が成り立つ系においては、単一の分子動力学シミュレーションの軌跡から得られる時間平均は、ミクロカノニカルアンサンブル(小正準集団)の平均に対応する。この手法は、自然の力に則って原子レベルの運動から未来を予測するアプローチとして、統計力学やニュートン力学的な決定論的視点に基づくものとして位置づけられている。
統計集団(アンサンブル)の計算
MDシミュレーションでは、目的に応じて様々な統計集団(アンサンブル)を設定した計算が行われる。
- 小正準集団(NVE):物質量、体積、全エネルギーが一定に保たれる断熱過程に対応する集団。
- 正準集団(NVT):物質量、体積、温度が一定に保たれる等温分子動力学。サーモスタットを用いてエネルギーの交換を行う。
- 等温定圧(NPT)集団:物質量、圧力、温度を一定に保つ計算。
また、結合長や原子位置を固定する拘束条件の付加や、バルク、表面、界面、クラスターといった多様な物理系を対象とした計算が可能である。
計算科学上の制約とポテンシャル関数
古典的MDシミュレーションにおいて、ポテンシャル関数は通常変更されない二体ポテンシャルの組み合わせで表現されるため、化学反応に伴う原子間結合の生成や開裂を直接表現するには追加の工夫が求められる。また、ポテンシャル面自体の精度を向上させるため、電子状態の量子化学計算(第一原理計算)を組み合わせた第一原理分子動力学法(ab initio分子動力学法)も発展している。
一方で、シミュレーションの規模と計算コストの間にはトレードオフが存在する。非結合相互作用の計算は一般に粒子数に対してO(n^2)でスケールするため、粒子メッシュエバルト(PME)法などの高度な静電的手法を用いて計算コストの軽減が図られている。
よくある質問
分子動力学法(MD法)とは何ですか?
MD法ではどのような方程式が解かれますか?
第一原理分子動力学法とは何ですか?
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参考文献
- Alder, B. J.; Wainwright, T. E. (1959). “Studies in Molecular Dynamics. I. General Method”. J. Chem. Phys. 31 (2): 459.
- Rahman, A. (1964). “Correlations in the Motion of Atoms in Liquid Argon”. Physical Review 136 (2A): A405–A411.