歴史を変えた飛行士たち:モンゴルフィエ兄弟の生涯と熱気球の発明

📌 主なポイント
- ✓モンゴルフィエ兄弟はフランス・アノネーの製紙業者の家庭に生まれた。
- ✓1783年6月4日、アノネーにて初の公開気球飛行を行った。
- ✓1783年11月21日、人類初の有人熱気球飛行が成功した。
モンゴルフィエ兄弟は、兄のジョゼフ=ミシェル・モンゴルフィエ(1740年 - 1810年)と弟のジャック=エティエンヌ・モンゴルフィエ(1745年 - 1799年)の2人による、熱気球の発明と世界初の有人飛行の成功で知られるフランスの兄弟である。


生い立ちと背景
兄弟はフランスのアルデシュ県アノネーの製紙業者の家庭に生まれた。父ピエール・モンゴルフィエの下には多くの子供が生まれ、兄ジョゼフは発明家気質の夢想家、弟エティエンヌは実務的な気質を持っていた。家業の製紙業は長男が継ぐ予定であったが、長男の急逝に伴い、エティエンヌがアノネーに呼び戻されて家業を継承し、優れた経営手腕を発揮した。
熱気球の発明と初期の実験
ジョゼフは洗濯物を乾かす火の熱気によって布が持ち上げられる現象から着想を得て、熱気球の原理にたどり着いた。1782年、アヴィニョン等での初期の実験を経て、兄弟は小型のモデルで上昇気流の実験に成功した。その後、より大きな気球を用いた実験を重ねてその挙動を確認していった。


公開実験と動物実験
1783年6月4日、アノネーにて役人たちを招待した最初の公開飛行を行い、気球はおよそ2キロメートルにわたって飛行した。この成功はすぐにパリへ伝えられた。エティエンヌはパリへ向かい、壁紙業者ジャン=バティスト・レヴェイヨンと協力してさらに大型の気球を製造した。

1783年9月19日、ヴェルサイユ宮殿において、ルイ16世とマリー・アントワネットの面前で、ヒツジ、アヒル、ニワトリを乗せた実験飛行が実施された。これは上空の大気が生物に与える影響を確認するためのものであった。


有人飛行の成功
動物実験の成功を経て、1783年11月21日、ピラートル・ド・ロジェとフランソワ・ダルランド侯爵を乗せた係留なしの熱気球による世界初の有人飛行がパリで行われた。気球はおよそ910メートルの高さまで上昇し、パリ上空を飛行して無事着陸を果たした。この偉業は社会に大きなセンセーションを巻き起こした。
その後の展開
モンゴルフィエ兄弟による熱気球の発明と前後して、水素を用いたガス気球の開発も進められた。一時的に熱気球はガス気球の陰に隠れる時期もあったが、20世紀後半以降、現代的なバーナーや素材の改良によって熱気球は再評価されることとなった。
よくある質問
モンゴルフィエ兄弟は誰ですか?
最初の有人飛行には誰が搭乗しましたか?
熱気球のアイデアはどのように生まれたのですか?
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参考文献
- Joseph-Michel and Jacques-Étienne Montgolfier|French aviators - Britannica
- Tom Davis. Crouch (2009). Lighter Than Air. The Johns Hopkins University Press. pp. 28, 178
- Charles Gillispie (1983). The Montgolfier Brothers, and the Invention of Aviation. Princeton University Press. pp. 45, 46, 178, 179, 183–185