初代ロスチャイルド男爵ナサニエル・ロスチャイルド

📌 主なポイント
- ✓1885年にユダヤ人として初めてイギリスの貴族院議員となった。
- ✓英国ロスチャイルド家の第3代当主であり、N・M・ロスチャイルド&サンズの共同経営者を務めた。
- ✓1889年から1915年までバッキンガムシャー総督を務めた。
初代ロスチャイルド男爵ナサニエル・メイヤー・ロスチャイルド(Nathaniel Mayer Rothschild, 1st Baron Rothschild, 1840年11月8日 - 1915年3月31日)は、イギリスの銀行家、政治家、貴族である。英国ロスチャイルド家の嫡流における第3代当主として知られる。

経歴
1840年、英国ロスチャイルド家のライオネル・ド・ロスチャイルドとその夫人シャーロットの長男としてロンドンに生まれた。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで学び、後の国王エドワード7世と親交を深めた。
1865年、バッキンガムシャーのアリスバーリー選挙区から自由党候補として庶民院議員に初当選し、1885年までその職を務めた。1876年には叔父アンソニーから准男爵位を、1879年には父ライオネルからオーストリア帝国の男爵位を継承した。1885年、ヴィクトリア女王より連合王国貴族としてのロスチャイルド男爵位を授与された。これはユダヤ教徒として初めての貴族院議員就任であった。

政治的立場と活動
形式的には自由党に所属していたが、政治思想は保守的であった。1886年以降は自由統一党に加わり、保守党との連携を主導した。また、1889年から1915年までバッキンガムシャー総督を務めた。
経済面では、1882年のエジプト占領に伴う財政再建への融資や、南アフリカのダイヤモンド産業への投資など、国際金融において重要な役割を果たした。一方で、シオニズム運動に対しては懐疑的であり、イギリス国内のユダヤ人コミュニティにおける立場を重視して反シオニズム組織の結成を主導した。
慈善事業
慈善活動にも熱心であり、ロンドンの病院のパトロンや英国赤十字社の会長を務めた。特にユダヤ人同胞の保護と教育に力を入れ、ロシア帝国におけるユダヤ人迫害に対しては強い反対姿勢を示した。1904年の日露戦争においては、ロシアのツァーリ体制打倒を期待し、日本への財政支援を行っている。
よくある質問
ナサニエル・ロスチャイルドはなぜ貴族院議員になれたのですか?
彼はシオニズムに対してどのような立場でしたか?
日露戦争での彼の役割は何ですか?
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参考文献
- ブーヴィエ, ジャン『ロスチャイルド:ヨーロッパ金融界の謎の王国』河出書房新社、1969年。
- モートン, フレデリック『ロスチャイルド王国』新潮社、1975年。
- 横山三四郎『ロスチャイルド家 ユダヤ国際財閥の興亡』講談社現代新書、1995年。
- 池内紀『富の王国 ロスチャイルド』東洋経済新報社、2008年。
- Hansard 1803–2005: contributions in Parliament by Nathaniel Mayer Rothschild, 1st Baron Rothschild