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根岸浜吉:浅草六区の基礎を築いた興行師

根岸浜吉:浅草六区の基礎を築いた興行師
浅草公園六区に初の劇場「常磐座」を建設し、浅草の繁栄の礎を築いた興行師・初代根岸浜吉の生涯と業績について解説します。

📌 主なポイント

  • ✓初代根岸浜吉は常陸国筑波郡小田村出身の興行師である。
  • ✓明治20年代に浅草公園六区初となる劇場「常磐座」を建設した。
  • ✓1912年5月に85歳で死去し、その業績は根岸興行部を通じて後世に引き継がれた。

初代根岸浜吉は、明治時代に東京・浅草の浅草公園六区を一大歓楽街へと発展させる契機を作った興行師である。常陸国筑波郡小田村の豪農の家に生まれたが、家督を弟に譲った後に上京し、様々な苦労を経て芝居の世界に関わるようになった。

根岸浜吉の肖像画、『根岸浜吉出世鑑』1894年
根岸浜吉の肖像画。『根岸浜吉出世鑑』1894年

明治20年代、還暦を迎えるころに興行会社「根岸興行部」の基礎を築き、浅草公園六区初となる劇場「常磐座」を建設した。常磐座は年中無休の興行を実施して人気を集め、歌舞伎や新派劇だけでなく、のちには活動写真なども取り入れて浅草随一の興行師としての地位を築いた。周辺には金竜館などの劇場も続き、六区は東京を代表する娯楽の中心地として隆盛を極めることになった。浜吉は1912年5月に85歳で死去し、劇場経営は女婿の丑治や子孫へと引き継がれていった。

よくある質問

初代根岸浜吉とはどのような人物ですか?
明治時代に東京の浅草公園六区で初の劇場「常磐座」を建て、浅草を一大娯楽街へと発展させる基礎を築いた興行師です。
「常磐座」の名前の由来は何ですか?
浜吉の出身地である常陸国(常磐)にちなんで名付けられました。

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参考文献

『根岸浜吉出世鑑』酒井亀鶴 述、酒井亀次郎、1894年。