ネオンサインの歴史と技術的仕組み

📌 主なポイント
- ✓ネオン電球はフランスの化学者ジョルジュ・クロードによって発明された。
- ✓1912年のパリ万国博覧会で初めて公開されたとされる。
- ✓管の両端に加えられる6000〜15000Vの高電圧により発光する。
- ✓21世紀に入りLEDへの置き換えが進む一方で、ラスベガスなどにネオン博物館が開業している。
ネオンサイン(neon sign)とは、ネオン管をはじめとする放電管を使用した看板や広告などの総称であり、単に「ネオン」とも呼ばれる。主に都市部の人通りや交通量の多い大規模駅周辺、幹線道路沿いのビル屋上や外壁に設置されてきた。

歴史
ネオン電球は、フランスの化学者ジョルジュ・クロードが産業用の空気液化システムを構築した際、副産物・廃棄物として生成されるネオンの用途を模索する中で発明した[1]。クロードはネオンのほかアルゴンやクリプトンなどの希ガスに電気を通すと白熱電球よりも明るく発光することを発見し、特許を取得して1915年に電飾のフランチャイズ企業であるクロードネオン社を設立した[1]。1912年にはパリ万国博覧会で公開されたとされる[1]。クロードは実用的なディスプレイ装置をグラン・パレの前に設置し、ヨーロッパやアメリカへビジネスを展開していった[1]。
1920年代には、アメリカ・ユタ州で看板業を営んでいたトマス・ヤングが希ガスを封入したガラス管で文字を形作ることを着想し、クロードネオン社の許諾を得てヤング・エレクトリック・サイン・カンパニー(YESCO)を設立した。YESCOは当時発展途上であったラスベガスの大半のネオンサインを手がけ、世界の都市景観に大きな影響を与えた。
日本国内における初期の設置例としては、谷沢カバン店(東京都中央区銀座、1918年頃)、白木屋大阪支店(大阪市中央区備後町、1925年頃)、日比谷公園(東京都千代田区、1926年頃)などが挙げられている[2]。
技術的仕組みと構造
ネオンサインに用いられる灯体は、直径8から15mm、長さ約1.5mのガラス管であり、広告主の要望に応じて職人の手作業によりさまざまな形状へと曲げられて作られる。発光には管の両端の電極に加えられる6000から15000Vの高電圧が利用される。
内部に封入されるガスや内面に塗布される無機蛍光体の組み合わせによって多様な色が表現される。実際にはネオンガスのみで出せる色は限られており、アルゴンガスなどが併用される。アルゴン管には若干の水銀も加えられている。
- ネオンガス(透明管):赤く発光する
- ネオンガス(蛍光管):ピンク、オレンジを出す
- アルゴンガス(透明管):青く発光する
- アルゴンガス(蛍光管):青、緑、紫、白などを出す











用途と景観
ネオンサインは、夜の歓楽街やパチンコ店、各種企業の看板として広く利用されてきた。「ネオン街」という言葉は歓楽街の代名詞としても使われる。また、屋外広告以外にも、小型のものが室内インテリアとして用いられることがある。
21世紀に入ると、多色や自由設計に対応しつつ扱いやすいLED技術が登場し、多くのネオンサインがLEDへと置き換えられつつある[3]。一方で、その文化的価値を再評価する動きもあり、アメリカ・ラスベガスなどではネオンサインを保存・展示するネオン博物館が開業している[4]。










よくある質問
ネオンサインはどのようにして発光するのですか?
ネオンガス以外にどのようなガスが使われますか?
ネオンサインは現在でも使われていますか?
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参考文献
- スティーブン・ジョンソン『世界をつくった6つの革命の物語:新・人類進化史』大田直子訳 朝日新聞出版 2016年 pp.286-293.
- 小野博之 “ネオン史余話” 社団法人全日本ネオン協会.
- “減少傾向にあるネオンサインとLEDネオンの違いまとめ | 看板のサインシティ”.
- “「使用済みネオンの墓場」こと、ネオン博物館がオープン”.