日本の歴史・鉄道史

明治初期における日本の鉄道黎明期と新橋・横浜間開業の歴史

明治初期における日本の鉄道黎明期と新橋・横浜間開業の歴史
1872年(明治5年)の新橋・横浜間正式開業に至るまでの日本の鉄道導入の歴史、幕末の鉄道模型視察、初期の敷設計画、そして開業時の状況を解説する歴史的背景。国土交通省などの公式資料を基に事実を正確に伝えます。

📌 主なポイント

  • 日本初の正式な鉄道路線である新橋停車場・横浜停車場間は、1872年10月14日(明治5年9月12日)に開業した。
  • 新橋・横浜間の開業における建築師長として、イギリスから来日したエドモンド・モレルが技術的指導を行った。
  • 品川から田町にかけての海上には線路を通すための堤防(高輪築堤)が建設され、2019年の再開発時にその遺構が出土した。
  • 10月14日の鉄道開業を記念して、1922年に「鉄道記念日(のちの鉄道の日)」が制定された。

日本の鉄道開業(にっぽんのてつどうかいぎょう)とは、1872年10月14日(旧暦 明治5年9月12日)に新橋停車場(のちの汐留駅)と横浜停車場(現・桜木町駅)の間で正式に鉄道が開業した日までの、日本における黎明期の鉄道建設および導入の歴史を指す。日本では、この新橋・横浜間が正式開業した10月14日を「鉄道の日」と定めている。

日本人による西洋鉄道の視察と模型の伝来

イギリスでは1825年にストックトン・アンド・ダーリントン鉄道が、1830年にはリヴァプール・アンド・マンチェスター鉄道が開業し、鉄道網が発達していった。当時の日本は江戸時代後期の文政年間であり、日本人がイギリスの鉄道開業について知ったのは1840年代(天保年間)のことである。

日本人で最初に鉄道に乗車した記録が残る人物は、太平洋で漂流中にアメリカ船に救助され、10年にわたりアメリカで生活した中浜万次郎(ジョン万次郎)であり、1845年(弘化2年)のこととされる。その後、1853年(嘉永6年)にロシア帝国のエフィム・プチャーチンが長崎に来航した際、船上で蒸気機関車の鉄道模型を日本人に示して解説を行った。さらに翌年にはアメリカ海軍のマシュー・ペリーが率いる艦隊が再来航し、江戸幕府に対して大型の鉄道模型を献上した。この模型は儒学者の河田八之助を乗せて時速約20マイル(約32 km)で走行したと記録されており、ペリーの遠征記や河田の日記にその様子が残されている。

西洋の科学技術導入に積極的だった佐賀藩では、この模型に関心を示し、1855年(安政2年)には田中久重らによってアルコール燃料で動作する模型機関車が製作された。また1858年(安政5年)には、中国で使用予定であった本物の蒸気機関車が長崎へ持ち込まれ、1か月間にわたるデモ走行が行われた。

鉄道敷設計画の誕生とルート選定

幕末期には薩摩藩や佐賀藩、江戸幕府などにおいて鉄道敷設計画の構想が浮上したが、具体的な建設計画として動き出したのは明治維新後のことである。明治政府は欧米列強による植民地化を回避するため、富国強兵と近代国家の整備を掲げ、その象徴として鉄道建設を推進した。当初は東京、京都、大阪を結ぶ幹線や、琵琶湖東岸から敦賀に至る路線などが検討されていた。

しかし、版籍奉還や廃藩置県に伴う各藩の負債肩代わりなどの財政的制約から大規模な建設予算がつかず、まずはモデルケースとして、新首都である東京と国際貿易港である横浜を結ぶ区間(約29 km)を優先して建設することが1869年(明治2年)に決定された。建設にあたっては、技術および資金面での援助国としてイギリスが選定され、1870年(明治3年)に来日したエドモンド・モレルが建築師長に就任した。日本側では井上勝らが中心となって建設実務に携わった。

明治初頭の鉄道建設と新橋・横浜間の敷設

正式な幹線開業に先立ち、各地で初期の軌道や馬車鉄道の敷設が進められた。1869年(明治2年)には北海道の官営・茅沼炭鉱で軌間762 mmの牛車鉄道が運行を開始したほか、生野鉱山でも人車軌道のトロッコ列車が営業を行った。また1871年(明治4年)には、大阪の造幣寮でお雇い外国人の利用を想定した日本初の旅客用馬車鉄道が運行を開始した。

新橋・横浜間の本格的な測量と工事は1870年(明治3年)に開始された。枕木には加工しやすい国産木材が採用され、河川には木橋が架けられた。全線29 kmのうち約1/3にあたる約10 kmが海上を走る区間となり、特に田町から品川にかけての約2.7 kmには海軍用地を避けるために幅約6.4 mの堤防(高輪築堤)が築かれ、その上に線路が敷設された。高輪築堤の遺構は、のちに2019年の高輪ゲートウェイ駅周辺の再開発工事の際に発見されている。

開業式典と営業運行の開始

安全確認や乗務員訓練を目的として、1872年6月12日(明治5年5月7日)に品川・横浜間で鉄道が仮開業し、往復運行が開始された。同年7月には川崎駅や神奈川駅も営業を開始した。

当初予定されていた1872年10月11日(旧暦9月9日)の正式開業は暴風雨のため延期されたが、同年10月14日(旧暦9月12日)に新橋駅で盛大な開業式典が挙行された。式典には明治天皇をはじめとする政府高官や各国の外交官、琉球使節らが参列し、お召し列車が新橋・横浜間を往復した。翌10月15日から一般向けの旅客営業が開始され、1日9往復、全線の所要時間は53分であった。

この開業を記念し、1922年(大正11年)に10月14日が「鉄道記念日」に制定され、1994年(平成6年)に「鉄道の日」へと改称された。

よくある質問

日本の鉄道が正式に開業したのはいつですか?
1872年10月14日(旧暦 明治5年9月12日)に、新橋停車場と横浜停車場の間で正式開業しました。
新橋・横浜間の建設を主導した外国人技師は誰ですか?
イギリスから招かれ、建築師長として工事を指導したエドモンド・モレルが中心的な役割を果たしました。
「鉄道の日」の由来は何ですか?
1872年10月14日に新橋・横浜間の鉄道が正式開業したことを記念し、1922年に「鉄道記念日」として制定されたものが、1994年に「鉄道の日」へ改称されました。

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参考文献

  • 鉄道局『鉄道主要年表』国土交通省、2012年。
  • 原田勝正「鉄道導入と技術自立への展望」『国連大学人間と社会の開発プログラム研究報告』、1979年。
  • 岡本憲之『全国鉱山鉄道』JTB、2001年。