日本の政治家
野口義造:第15代八王子市長の生涯と政治的足跡
第15代八王子市長を務めた政治家、野口義造の生涯や経歴に関する百科事典記事。新聞販売業から政治の世界へ転身し、工業団地造成やオリンピック自転車競技の誘致などに関わった足跡を解説。
📌 主なポイント
- ✓1889年(明治22年)5月6日に茨城県で生まれる。
- ✓東京日日新聞社を経て八王子市議会議員となり、のちに助役に就任した。
- ✓1957年に第15代八王子市長に当選し、北八王子工業団地の造成やオリンピック自転車競技の誘致などに関わった。
野口 義造(のぐち ぎぞう、1889年(明治22年)5月6日 - 1974年(昭和49年)7月30日)は、日本の政治家。第15代八王子市長を務めた人物である。
経歴
1889年、茨城県河内郡茎崎村(のちのつくば市)で生まれる。順天中学校を卒業後、日本医学校に進学したが1909年に中退した。その後、東京日日新聞社に入社し、販売部での勤務や八王子販売所の所長などを歴任した。
1937年に八王子市議会議員に当選し、政治活動を本格化させる。その後、市議会副議長などを経て、1945年には八王子市助役に就任した。しかし、戦後の公職追放により助役を退任する。全国新聞販売協会の役員などを経て、1957年の八王子市長選挙で当選を果たした。
八王子市長としての活動
市長在任中には、市役所の部署再編をはじめ、北八王子工業団地の造成計画や、1964年東京オリンピックにおける自転車競技の誘致などに取り組んだ。1961年2月に市長を退任した後は、人権擁護委員などを務めた。1974年7月30日に死去した。
よくある質問
野口義造の生年月日と没年月日はいつですか?
1889年(明治22年)5月6日に生まれ、1974年(昭和49年)7月30日に死去しました。
野口義造はどの自治体の首長を務めましたか?
東京都の八王子市で、第15代の市長を務めました。
市長在任中の主な功績は何ですか?
市役所の部署再編や北八王子工業団地の造成、1964年東京オリンピックの自転車競技誘致などを行いました。
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参考文献
『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、147頁。