アメリカ合衆国の歴史

北西部領土 (アメリカ合衆国)

北西部領土 (アメリカ合衆国)
アメリカ合衆国建国初期の政治的区分である北西部領土の歴史、北西部条例、およびその後の州昇格への過程を解説します。

📌 主なポイント

  • ✓北西部領土は1787年の北西部条例に基づき設置された。
  • ✓現在のオハイオ、インディアナ、イリノイ、ミシガン、ウィスコンシンの各州およびミネソタの一部を含む。
  • ✓1803年にオハイオ州が昇格したことで、北西部領土の行政区分は終了した。

北西部領土(英: Northwest Territory)は、アメリカ合衆国建国初期に設置された政治的区分である。正式名称は「オハイオ川北西の領土(Territory North West of the Ohio)」であり、現在の中西部にあたる広大な地域を指した。

北西部領土の地図
北西部領土の範囲

成立と背景

1787年7月13日、連合会議で可決された北西部条例により、この地域の管理体制と州へ昇格するための基準が確立された。この領土にはペンシルベニア州以西、オハイオ川以北の全域が含まれ、現在のオハイオ州、インディアナ州、イリノイ州、ミシガン州、ウィスコンシン州、およびミネソタ州北東部を包含していた。

13植民地の領有要求放棄
独立時13植民地の西方領土に対する領有要求とその放棄の状況

独立戦争後、各植民地が主張していた西方領土の領有権が連邦政府へ譲渡されたことで、この広大な地域は合衆国政府の公共の土地となった。1785年の公有地条例により、矩形測量に基づく効率的な土地開発の仕組みが導入された。

歴史的展開

1788年、アーサー・セントクレアが初代知事に就任し、マリエッタに政府が樹立された。この地域では先住民族との紛争(北西インディアン戦争)が続いたが、1794年のフォールン・ティンバーズの戦いと翌年のグリーンヴィル条約により一定の安定を見た。

アメリカ合衆国の領土拡大
アメリカ合衆国の領土拡大

1800年のインディアナ準州分離を経て、1803年にオハイオ州が合衆国に加盟したことで、北西部領土としての行政区分は消滅した。その後、米英戦争を経てイギリスの領土主張も完全に排除された。

よくある質問

北西部領土には現在のどの州が含まれますか?
現在のオハイオ州、インディアナ州、イリノイ州、ミシガン州、ウィスコンシン州、およびミネソタ州の北東部が含まれます。
北西部条例はどのような役割を果たしましたか?
領土の管理方法を定め、一定の人口に達した地域が州として昇格するための基準を確立しました。
北西部領土はいつ消滅しましたか?
1803年にオハイオ州がアメリカ合衆国の州として認められた際に、行政区分としての北西部領土は消滅しました。

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参考文献

  • Northwest Ordinance (1787)
  • United States Statutes at Large, Volume 1
  • The Territorial Papers of the United States