大相撲力士
大相撲の第24代横綱・鳳谷五郎の生涯と土俵歴

千葉県出身で第24代横綱を務めた大相撲力士・鳳谷五郎の生涯、経歴、主な成績について解説します。
📌 主なポイント
- ✓鳳谷五郎は千葉県印旛郡出身の第24代横綱である。
- ✓1913年5月場所で初優勝、1915年1月場所で全勝優勝を達成した。
- ✓横綱昇進後の1919年5月場所において、横綱として史上初の皆勤負け越しを記録した。
- ✓引退後は年寄・宮城野を襲名し、宮城野部屋を率いて後進の育成に尽力した。
鳳 谷五郎(おおとり たにごろう、1887年4月3日 - 1956年11月16日)は、千葉県印旛郡大森村(現:千葉県印西市大森)出身の宮城野部屋(一時期勝ノ浦部屋)に所属した大相撲力士。第24代横綱。本名は瀧田 明(たきた あきら)。歴代横綱の中でも美男力士として知られた。

来歴
1887年に米屋を営む家に生まれたが、父親が大の相撲好きで財産を失ったことから、当初は相撲の道に進まぬよう呉服屋へ奉公に出された。しかし力士を志して帰郷し、同郷の鳳凰馬五郎を頼って入門を志願。体格基準に満たなかったものの関係者の口添えで合格を果たした。入門後は小柄な身体を補うために猛稽古に励み、その愛嬌のある顔立ちや姿から「久松」の愛称で呼ばれた。
1903年5月場所で初土俵を踏み、当時の四股名は「大鳥」であった。1908年1月場所より「鳳 谷五郎」に改名。1909年1月場所で新入幕を果たし、同年から開催場所となった旧・両國國技館での本場所を経験した。その後、三役に昇進したのち1913年1月場所で大関へ昇進。大関2場所目となる1913年5月場所で初優勝を飾り、1915年1月場所では全勝優勝を達成した。
横綱昇進と晩年
1915年1月場所の優勝後に横綱免許が授与された。しかし、昇進後は足の負傷や病気に悩まされ、後援者の死去なども重なって次第に衰えが目立つようになった。1919年5月場所では、横綱として史上初となる皆勤負け越しを喫した。その後も再起できないまま、1920年5月場所の全休を最後に現役を引退した。
引退後は年寄・宮城野を襲名し、宮城野部屋を経営して後進の指導にあたった。1956年11月16日、脳出血のため千葉市の自宅で死去。享年69。
主な成績
- 幕内在位:24場所
- 幕内成績:108勝49敗7分8預68休
- 幕内最高優勝:2回(1913年1月場所、1915年1月場所=全勝)
よくある質問
鳳谷五郎の出身地はどこですか?
千葉県印旛郡大森村(現在の千葉県印西市大森)です。
鳳谷五郎の最高位は何ですか?
大相撲の第24代横綱です。
現役時代の主な得意技は何ですか?
左四つ、掛け投げ、掬い投げ、小手投げなどを得意としていました。
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参考文献
- 『大相撲中継』2017年9月16日号
- JBpress「【写真付き】イケメン力士列伝①」2025年1月8日