歴史学

歴史における王政復古の概念と各国の事例

共和制や武家支配などによって失われた君主制が旧体制を復活させる歴史的現象である「王政復古」について、イギリス、フランス、日本などの主な事例を交えて解説する百科事典記事です。

📌 主なポイント

  • 王政復古とは、共和制や武家政治によって失われていた君主制を復活させる政治的プロセスのことである。
  • イギリスでは、清教徒革命と共和政を経て1660年にチャールズ2世が即位し、ステュアート朝が復活した。
  • 日本では1868年に王政復古の大号令が発せられ、江戸幕府が廃止されて天皇親政への転換が図られた。

王政復古(おうせいふっこ)とは、共和制や武家支配などの体制によって支配の座を追われていた君主制が、再び旧体制を復活させる政治的現象を指す言葉である。

一般的に、歴史上において王政復古の代表例として挙げられるのは、イングランドにおける共和政崩壊後のチャールズ2世の即位、フランスにおけるナポレオン1世没落後のルイ18世の即位、そして日本の明治維新の三つとされることが多い。

ヨーロッパにおける主な事例

イギリス(イングランドおよびスコットランド)

1642年に起きた清教徒革命において、指導者オリバー・クロムウェルは1649年にチャールズ1世を処刑し、王政が廃止された。議会派によってクロムウェルが護国卿に就任したが、その死後に政治力を欠いた子のリチャード・クロムウェルが辞任したため、議会はチャールズ1世の子であるチャールズ2世に王権を返還した。これにより1660年、ステュアート朝が復活することとなった。

フランス

フランスでは、1792年のフランス革命に伴いルイ16世が処刑され共和政となった。その後、軍人であったナポレオン・ボナパルトが第一帝政を開いたが、1814年の没落後にタレーランらの画策によりルイ18世が即位し、ブルボン朝が復興された。一時的なナポレオンの復位(百日天下)を経たものの、1830年の七月革命や1848年の二月革命など、激しい体制の変動の舞台となった。

日本における事例

日本の歴史においては、江戸幕府の最後の将軍・徳川慶喜による大政奉還を受け、慶応3年12月9日(1868年1月3日)に明治天皇から「王政復古の大号令」が発せられた。これにより従来の将軍職や摂政・関白などが廃止され、神武創業の始めに基づいた天皇親政の体制が宣言された。

よくある質問

王政復古とはどのような意味ですか?
共和制や武家支配などによって一時的に途絶えたり追放されたりした君主制が、再び旧体制や権力を取り戻して復活することを指します。
代表的な王政復古の事例にはどのようなものがありますか?
一般的には、1660年のイギリス(チャールズ2世の即位)、1814年のフランス(ブルボン朝の復活)、そして1868年の日本(明治維新における王政復古の大号令)の三つがよく挙げられます。
日本の王政復古はいつ行われましたか?
旧暦の慶応3年12月9日(新暦1868年1月3日)に発せられた「王政復古の大号令」によって宣言されました。

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明治維新清教徒革命フランス革命チャールズ2世ルイ18世

参考文献

世界大百科事典 王政復古 (コトバンク) | 百科事典マイペディア 王政復古 (日本) (コトバンク) | Sábado (2019) | ウォール・ストリート・ジャーナル (2016)