幕末・明治期におけるお雇い外国人の歴史的役割と活動
📌 主なポイント
- ✓お雇い外国人は、幕末から明治時代にかけて日本政府や地方自治体、民間によって雇用された外国人の総称である。
- ✓イギリス人は工部省などを中心に鉄道や灯台建設、工業技術の導入に大きな貢献をした。
- ✓お雇い外国人の報酬は当時の日本人官僚と比較して高額であり、イギリスの植民地行政における給与水準を参考にしていたとされる。
お雇い外国人(おやといがいこくじん、御雇外国人)とは、幕末から明治時代にかけて、日本政府や各府県などの公的機関、および民間によって雇用された外国人の総称である。当時の日本では「お抱え外国人」とも呼ばれた。
彼らは、欧米の先進的な技術、学問、制度を日本に導入し、「殖産興業」および「富国強兵」を推し進める原動力となった。官庁の中枢における上級顧問から、実務を担う単純技能者まで多岐にわたり、その国籍もイギリスを中心にアメリカ、フランス、ドイツ、オランダ、イタリアなど多様であった。
歴史的背景と雇用形態
外国人雇用の本格化は幕末期に遡る。欧米諸国からの開国と通商の圧力が高まる中、江戸幕府は外交政策顧問としてフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトを登用したほか、長崎海軍伝習所の教員としてヴィレム・ホイセン・ファン・カッテンディーケらを招聘した。さらに横須賀造兵廠にはレオン・ヴェルニーなどのフランス人技術者を、燈台建設にはリチャード・ブラントンなどのイギリス人技術者を雇用した。
明治政府は幕府の路線を引き継ぎ、鉄道網の建設構想や殖産興業を強力に推進するため、工部省を創設して多くの技術系外国人を迎え入れた。当時の契約期間は通常2年から3年であり、必要に応じて更新されたが、日本人技術者の育成が進むにつれて順次日本人に取って代わられていった。
国籍別の主な活動分野
お雇い外国人の出身国によって、その専門分野や貢献した領域には明確な傾向が見られた。
- イギリス人: 工部省を中心とする政府雇用が多く全体の過半数を占めた。エドモンド・モレルによる鉄道建設や、ヘンリー・ダイアーによる工部大学校の設立など、インフラ整備や高等教育で大きな足跡を残した。
- フランス人: 軍事顧問団の派遣に代表されるように、陸軍の近代化において中心的な役割を果たした。また、ギュスターヴ・エミール・ボアソナードのように司法省で法律の整備や法学教育に貢献した人物もいる。
- ドイツ人: 文部省や内務省、工部省などの政府機関に多く雇用された。医学界におけるエルヴィン・フォン・ベルツや、地質学のハインリッヒ・エドムント・ナウマンなどが著名である。
- アメリカ人: 民間や文部省、開拓使における教育分野での活動が目立った。ウィリアム・スミス・クラークが札幌農学校で指導を行ったことが広く知られている。
- オランダ人: 海軍の黎明期における指導や、ヨハニス・デ・レーケに代表される土木・河川技術の分野で重要な役割を果たした。
待遇と生活
お雇い外国人の報酬は、当時の一般的な日本人の給与水準と比較して非常に高額であった。これは、イギリスのインド植民地における官吏や技術者の給与水準を基準に設定されたためと考えられている。例えば、1871年(明治3〜4年)の時点では、太政大臣の月俸を上回る給与を受け取る外国人技術者も存在した。
任期満了後は多くの者が母国へ帰国したが、ラフカディオ・ハーン、ジョサイア・コンドル、エドウィン・ダンのように日本に定住し、生涯を終えた者も少なくなかった。