プラハ:チェコの首都および歴史的都市の概要

📌 主なポイント
- ✓プラハはチェコ共和国の首都であり、同国最大の都市である。
- ✓市内を流れるヴルタヴァ川(モルダウ川)の流域に位置する。
- ✓中欧最古の大学であるカレル大学が14世紀に創立された。
- ✓歴史的建造物が多く残る街並みはユネスコの世界遺産に登録されている。
プラハ(チェコ語・スロヴァキア語: Praha)は、チェコ共和国の首都であり、同国最大の都市である。中央ヨーロッパ有数の世界都市であり、市内中心部をヴルタヴァ川(ドイツ語名:モルダウ)が流れる。
多くの尖塔が立ち並ぶ景観から「百塔の街」とも称され、ロマネスク建築から近代建築に至るまで多様な時代の建築様式が保存されていることから、都市全体がユネスコの世界遺産に登録されている。
歴史
6世紀後半以降、スラヴ民族によってヴルタヴァ川河畔に集落が形成された。9世紀後半にプラハ城、10世紀頃にはヴィシェフラド城が築かれ、両城の間に都市が発展した。973年にはキリスト教の司教座が置かれ、ユダヤ人の入植も始まった。
14世紀、神聖ローマ皇帝となったカレル4世(ボヘミア王カレル1世)の治世の下で首都として飛躍的な発展を遂げた。プラハ城の拡張や中欧初となるカレル大学の創立、カレル橋の建設などが進められた。その後、15世紀のフス戦争や17世紀の三十年戦争の契機となったプラハ窓外投擲事件など、ヨーロッパの歴史的転換点の舞台となった。
18世紀末から19世紀にかけて民族独立運動が活発化し、第一次世界大戦後の1918年にはオーストリア=ハンガリー帝国の解体に伴い成立したチェコスロヴァキア共和国の首都となった。第二次世界大戦中にはナチス・ドイツによる占領を経験したものの、他の東欧都市と比較して大規模な全域破壊は免れた。戦後は社会主義体制下に入り、1968年の「プラハの春」や1989年の「ビロード革命」を経て、1993年のチェコ独立に伴い同国の首都となっている。
地理と行政区分
プラハは北緯50度付近に位置するが、北大西洋海流の影響を受けるため、同緯度の地域と比較して冬季の気候は比較的穏やかである。ケッペンの気候区分では西岸海洋性気候に属する。
行政面では複数の地区に分かれており、歴史的地区として旧市街(Staré Město)、新市街(Nové Město)、フラッチャニ(城の丘)、小地区(Malá Strana)、ヨゼフォフ(ユダヤ人街)などが知られている。