歴史学
歴史家と歴史学者の発展・研究手法の変遷
歴史家および歴史学者の定義、古代からの歴史叙述の歴史的変遷、実証主義やアナール学派などの研究手法の変化について解説します。
📌 主なポイント
- ✓歴史家や歴史学者は、過去の史料を研究し歴史を叙述する人物である。
- ✓古代ギリシアのヘロドトスは「歴史の父」と呼ばれ、トゥキディデスはより実証的な手法でペロポンネソス戦争を記録した。
- ✓19世紀のレオポルト・フォン・ランケは厳密な史料批判と客観的歴史叙述を確立し、「近代歴史学の父」と呼ばれる。
- ✓20世紀以降はアナール学派の台頭などにより、経済史や心性史など社会科学的手法を取り入れた学際的研究が発展した。
歴史家(れきしか)および歴史学者(れきしがくしゃ)とは、過去の事象や残された史料を基に調査・研究を行い、その成果を文章化して後世に継承する人物を指す言葉である。一般的には歴史に関する研究や執筆を行う人を幅広く指すが、近代以降の学問としての歴史学の確立に伴い、呼称やアプローチには明確な変化が見られるようになった。
歴史家の起源と古代の歴史叙述
西洋における最古の歴史家としては、古代ギリシアのヘロドトスが挙げられる。彼は『歴史』においてペルシア戦争を描写したが、その手法は人々の伝聞や神話的世界観に基づく部分が大きかった。これに対し、アタイのトゥキディデスは『戦史』の中でペロポンネソス戦争を扱い、自身の見聞や複数の史料を基に因果関係を厳密に検証する実証的なアプローチを試みたことで知られている。
近代歴史学の確立とランケの功績
18世紀から19世紀にかけて歴史学が学問体系として確立するにつれ、研究者は「歴史学者」と呼ばれるようになっていった。エドワード・ギボンは『ローマ帝国衰亡史』を著したが、近代歴史学の基礎を築いた決定的な人物としてドイツのレオポルト・フォン・ランケが挙げられる。
ランケは政治史や外交史を中心に、広範囲にわたる厳密な史料批判と客観的な歴史叙述を標榜した。「歴史の父」と呼ばれるヘロドトスに対し、ランケは「近代歴史学の父」と称され、その研究および教育手法はベルリン大学を通じてヨーロッパやアメリカへと多大な影響を与えた。
20世紀以降の動向と学際的アプローチ
20世紀に入ると、戦間期に登場したアナール学派の台頭などにより、従来の政治史中心の通史から脱却する動きが強まった。農政史、経済史、人口史、心性史といった社会学的テーマが重視されるようになり、社会学や文化人類学、経済学などの手法を取り入れた学際的な研究が展開されるようになった。
よくある質問
歴史家と歴史学者の違いは何ですか?
歴史家は歴史に関する研究や記述を行う人の総称であり、郷土史家なども含まれます。一方、近代以降の学問的な手法や訓練を受けて歴史を研究する専門家を歴史学者と呼ぶことがありますが、日常的には厳密に区別されないことも多いです。
「歴史の父」と呼ばれるのは誰ですか?
古代ギリシアの歴史家であるヘロドトスが一般に「歴史の父」と呼ばれています。
レオポルト・フォン・ランケが歴史学に果たした役割は何ですか?
ランケは厳密な史料批判と政治・外交史の客観的叙述を重視し、近代歴史学の基礎を築いたことで「近代歴史学の父」と呼ばれています。
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参考文献
- ヘロドトス 『歴史』
- トゥキディデス 『戦史』
- 近代歴史学の成立に関する歴史学研究の諸文献