ラザフォード・B・ヘイズ:アメリカ合衆国第19代大統領の生涯と政権

📌 主なポイント
- ✓ラザフォード・B・ヘイズはアメリカ合衆国第19代大統領である。
- ✓南北戦争では北軍の将官として従軍し、名誉少将まで昇進した。
- ✓1876年の大統領選挙では、史上まれに見る僅差と選挙委員会の裁決を経て大統領に選出された。
- ✓政権下でレコンストラクションが終結し、連邦軍の南部撤退が行われた。
ラザフォード・バーチャード・ヘイズ(英: Rutherford Birchard Hayes, 1822年10月4日 - 1893年1月17日)は、アメリカ合衆国の軍人、弁護士、政治家であり、第19代アメリカ合衆国大統領を務めた人物である。南北戦争期には北軍の将官として従軍し、戦後はオハイオ州知事や連邦下院議員を歴任した。
生い立ちと初期の経歴
ヘイズは1822年10月4日、オハイオ州デラウェアで生まれた。父親のラザフォード・ヘイズはバーモント州からオハイオへ移住した雑貨商であったが、ヘイズが誕生する10週間前に急逝した。母親のソフィア・バーチャードが未亡人として一家を支え、ヘイズと妹ファニーの2人を育て上げた。幼少期から青年期にかけては、母親の弟であるサルディス・バーチャードが父親代わりとして教育面を支えた。
ケニオン大学を優等で卒業した後、1843年にハーバード・ロー・スクールへ進学した。1845年にオハイオ州で法曹界入りを果たし、ロウワー・サンダスキー(現在のフリーモント)やシンシナティで弁護士業を開業した。1852年にはルーシー・ウェッブと結婚し、後に数人の子供をもうけた。
南北戦争での従軍
1861年に南北戦争が勃発すると、ヘイズは政治活動を離れて北軍に加わった。第23オハイオ志願歩兵連隊の少佐に任官され、その後中佐、大佐へと昇進した。戦争を通じて複数回負傷し、サウス山の戦いでは特に重傷を負った。軍務における勇気と功績が評価され、最終的には名誉少将に昇進して軍を退いた。
政治経歴と大統領就任
戦後は共和党員として政治活動を本格化させた。1865年から1867年まで連邦下院議員を務め、その後オハイオ州知事に複数回選出された。
1876年の大統領選挙において、ヘイズは民主党候補のサミュエル・ティルデンと対立した。一般投票ではティルデンが上回ったものの、4つの州から提出された選挙人票の資格を巡って激しい論争が生じた。議会が設置した特例の選挙委員会による裁決の結果、論争のあった選挙人票がすべてヘイズに割り当てられ、ヘイズは選挙人投票で185対184の僅差で勝利を収めた。
大統領としての政権運営
複雑な経緯を経て大統領に就任したヘイズの政権下では、レコンストラクション(南部再建期)の終結が重要な課題となった。彼は南部から連邦軍の撤退を進め、これに伴い南部における旧白人支配層が政治的実権を回復していった。また、1877年の鉄道大ストライキに際しては、連邦軍を動員して秩序の維持にあたった。
任期中には控えめながらも官庁改革に着手し、後の行政改革への土台を築いた。大統領への再出馬はせず、事前の公約通り1期4年でその職を退いた。
晩年
大統領退任後はオハイオ州の自宅(スピーカー・グローヴ)へ戻り、社会事業や教育改革の支援に尽力した。1893年1月17日に70歳で死去した。
よくある質問
ラザフォード・B・ヘイズの出身地はどこですか?
ヘイズは大統領選挙でどのように勝利しましたか?
南北戦争でのヘイズの軍歴はどうでしたか?
大統領退任後はどのように過ごしましたか?
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参考文献
- Hoogenboom, Ari (1995). Rutherford Hayes: Warrior and President. University Press of Kansas.
- Trefousse, Hans L. (2002). Rutherford B. Hayes. Times Books.
- Barnard, Harry (2005). Rutherford Hayes and his America. American Political Biography Press.