挿絵の歴史と表現形式の展開
📌 主なポイント
- ✓挿絵は、文字主体の媒体において読者の理解を助けるために挿入される絵の総称である。
- ✓国立国会図書館の「挿絵の世界展」では、近代における文章を助ける挿絵の初出を1875年の『東京平仮名絵入新聞』としている。
- ✓こま絵は、本文の文章とは直接関係がなく、誌面の雰囲気作りやスペース調整のために挿入される小さな絵である。
挿絵(さしえ、挿し絵とも表記する)とは、雑誌、新聞、書籍などの文字主体の媒体において、読者の理解を助ける目的などで挿入される絵の総称である。挿画(そうが)とも呼ばれ、見開きにわたる大きなものから、ページの隅に配置される小さなものまで多様な規模が存在する。歴史的には、本や雑誌、新聞の間にさまざまな大きさで挟まれた、主に白黒の版画を指して使われることもあった。特に小さなものはカットとも呼ばれ、文章の傍らに添えられるものだけでなく、口絵を含む概念とされることもある。
挿絵の制作は、主に画家、イラストレーター、漫画家などが担当し、専門の挿絵画家も存在する。
歴史的展開
日本文学の歴史においては、古くから『源氏物語絵巻』などのように文学作品を視覚化した絵画が多く制作されてきた。江戸時代には、草双紙、合巻、狂歌本などに浮世絵師らによる白黒の挿絵が描かれている。
近代における新聞小説の挿絵としては、浮世絵師が起用されるようになり、月岡芳年やその門下である水野年方がジャンルを確立させた。国立国会図書館が2017年に開催した「挿絵の世界展」では、1875年11月29日に絵入新聞社が発行した『東京平仮名絵入新聞』の「岩田八十八の話」に添えられた絵を、文章を助ける絵としての初出としている。
1900年代に入ると、木版から写真製版への印刷技術の移行に伴い、洋画家の進出が進んだ。1911年には雑誌『白樺』がオーブリー・クレセント・ビアズリーを起用し、多くの挿絵画家が影響を受けた。1920年代後半からは、雑誌の普及とともに中原淳一や蕗谷虹児といった専業の挿絵画家が現れた。戦後も岩村専太郎、志村立美、小林秀恒らが活躍し、紙芝居から派生した絵物語の分野では小松崎茂や山川惣治が活躍した。1964年にはデザイナー出身の作家が参入し、「イラストレーション」という言葉が定着していった。
こま絵
こま絵とは、書籍、雑誌、新聞などにおいて、本文の文章とは直接関係のない絵柄を描いた小さな絵を指す。誌面の雰囲気作りや、空いたスペースの調整用に挿入されるものであり、「コマ絵」「齣絵」「小間絵」などと表記されることもある。近接する文章の意味を説明する通常の挿絵とは異なり、画家が事前に描いた無難な絵柄を編集者が適宜使用するため、文章の執筆者が関与しないのが特徴である。
よくある質問
挿絵と挿画の違いは何ですか?
こま絵とはどのようなものですか?
近代日本の新聞小説における挿絵の発展に寄与した人物は誰ですか?
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参考文献
- 『木版口絵総覧』5頁。
- 国立国会図書館編「平成29年度企画展示・挿絵の世界」4頁
- 世田谷文学館編 『生誕120年 詩人画家・竹久夢二展』 2004年、p.17