東洋陶磁における青磁の歴史と釉薬の科学

📌 主なポイント
- ✓青磁の発色原理は、釉薬や粘土に含まれる酸化第二鉄が高温の還元焼成によって酸化第一鉄に変化することによる。
- ✓青磁の起源は紀元前14世紀頃の中国(殷)の灰釉に遡り、後漢代から西晋時代にかけて江南地方の越州窯などで青磁釉としての特徴が確立された。
- ✓宋代には耀州窯、南宋官窯、汝窯などの名窯が栄え、南宋時代に最盛期を迎えた。
- ✓日本では平安時代の遺構から越州窯等の青磁が出土しており、鎌倉・室町時代以降は茶道具として格付けされ珍重された。
青磁(せいじ)とは、青磁釉を施した磁器または炻器のことである。透明感のある青緑色の外観を特徴とし、紀元前14世紀頃の中国(殷)における灰釉を起源とする。後漢代に流行し、以後次第に普及した製造技術は日本や朝鮮半島など東アジア各地へ伝播していった。
青磁の発色機構と釉薬の特性
特徴的な青緑色は、釉薬や粘土に含まれる酸化第二鉄が、高温(1200度以上)の還元焼成によって酸化第一鉄に変化することで発色する。植物灰を主成分とする高火度釉であり、還元の量や釉薬中の鉄分含有量によって、黄色がかった緑から空色まで発色が大きく変化する。

焼成技術の発展と課題
古くは発色の不安定さから歩留まりが低かったが、晩唐以降に製作技術や窯の構造が向上したことで、安定した良品の量産が可能となった。美しい青色を発色させるためには2〜3ミリ程度の厚い釉薬が必要であり、釉薬の剥離を防ぐ工夫や、重量増加を抑えるための薄い素地の成形技術が発達した。また、厚い釉層の存在により、焼成の過程で時間をかけて緻密な貫入が生じる。

中国の江南地方を中心に展開した青磁生産は、宋代に最盛期を迎えた。耀州窯、南宋官窯、汝窯などが著名な名窯として知られ、大量生産を担った龍泉窯の製品は広く流通した。元代以降は輸出向けの大型製品が多く作られるようになる。




広義の青磁と類例
本来の還元焼成による青磁のほか、例外的なものとして「米色青磁」や「クロム青磁」が存在する。米色青磁は酸化焼成によってウイスキー色の透明釉を生じたものであり、南宋官窯のものは極めて稀少とされる。クロム青磁は酸化クロムを利用したもので、明治以降に安価な器物やタイル等で用いられた。
日本および東アジアにおける展開
朝鮮半島では11世紀から14世紀にかけて高麗青磁が制作され、タイでは14世紀から15世紀のスワンカーロク窯などで青磁が作られた。

日本では平安時代の遺構から越州窯産の青磁器が出土している。鎌倉時代以降、茶の湯の流行に伴い中国産の青磁が盛んに輸入され、砧や天龍寺などの名称で分類・珍重された。室町時代以降は村田珠光が好んだ珠光青磁など独自の価値観も形成され、17世紀以降は有田などを中心に国内での生産が行われるようになった。
よくある質問
青磁特有の青緑色はどのようにして発色しますか?
青磁の歴史的な起源はどこですか?
米色青磁とは何ですか?
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参考文献
- 「米色青磁瓶」常盤山文庫、2015年11月10日閲覧。
- 彭丹『中国と茶碗と日本と』小学館、2012年。