日本の歌謡曲

船頭小唄:大正期を代表する日本の流行歌

船頭小唄:大正期を代表する日本の流行歌
大正時代に誕生し、時代を超えて歌い継がれる日本の流行歌「船頭小唄」の歴史、背景、および文化的な影響について解説します。

📌 主なポイント

  • 作詞は野口雨情、作曲は中山晋平によって手がけられた。
  • 1923年に女優の中山歌子によって初めてレコードに吹き込まれた。
  • 関東大震災の発生時に、その悲劇を予知した「わざうた」として噂された歴史がある。
  • 明仁上皇がカラオケの十八番としている楽曲として知られている。

船頭小唄(せんどうこうた)は、大正時代に誕生した日本の流行歌(演歌)である。野口雨情が作詞し、中山晋平が作曲を手掛けたこの楽曲は、その哀愁を帯びた旋律と歌詞から、当時の大衆の心をつかみ大きな流行となった。

歴史と背景

本作の原形は、1921年(大正10年)に野口雨情が作詞した民謡「枯れすすき」である。その後、1922年(大正11年)に詩集『新作小唄』の中で「船頭小唄」と改題され掲載された。1923年(大正12年)には、女優の中山歌子によって初めてレコードに吹き込まれたほか、当時の演歌師たちによっても広く歌唱された。

中山歌子
船頭小唄」の代表的な歌手の一人である中山歌子(1919年撮影)

1923年には松竹によって映画化も行われ、主題歌として定着した。この時期、関東大震災が発生した際、その悲劇的な歌詞と曲調から、この地震を予知していた「わざうた」であるという説が流布したことでも知られている。

文化的な影響

「おれは河原の枯れすすき」というフレーズに象徴される男女の哀愁を歌った歌詞は、時代を超えて多くの歌手にカバーされてきた。1957年(昭和32年)公開の映画『雨情物語』では森繁久彌が歌唱し、戦後の昭和期においても再び注目を集めた。また、藤圭子などの歌手によっても歌い継がれている。2006年には舟木一夫がシングルとしてリリースするなど、現代に至るまで日本の流行歌史における重要な楽曲として位置づけられている。

関連する楽曲

1974年(昭和49年)に発売された「昭和枯れすすき」(作詞:山田孝雄、作曲:むつひろし、唄:さくらと一郎)は、本作と類似した哀愁を持つ楽曲として知られ、翌年には同名の映画も製作された。

よくある質問

船頭小唄の作詞・作曲は誰ですか?
作詞は野口雨情、作曲は中山晋平です。
この歌が「わざうた」と呼ばれた理由は?
1923年の関東大震災の直前に流行しており、その暗い歌詞と悲しい曲調が地震を予知していたのではないかという説が当時流布したためです。
誰が最初に歌いましたか?
1923年に女優の中山歌子によって初めて吹き込まれました。

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参考文献

  • 南博(編)『日本モダニズムの研究 思想・生活・文化』ブレーン出版、1982年。
  • 松竹の映画製作の歴史 Part11<映画の主題歌の始まり> 1923年 船頭小唄 / 純愛作品『雨情物語』
  • 『商工会議所報むつ』第165号、むつ商工会議所、2012年1月1日。