専門学校令の概要と歴史的背景

📌 主なポイント
- ✓専門学校令は1903年(明治36年)に公布された勅令である。
- ✓中等教育修了者を対象とした高等専門教育機関(旧制専門学校)を規定した。
- ✓1947年(昭和22年)の学校教育法施行に伴い廃止された。
専門学校令(明治36年勅令第61号)は、近代日本において中等教育修了者を対象とした高等専門教育機関である「旧制専門学校」を規定していた勅令です。1903年(明治36年)3月27日に公布され、同年4月1日に施行されました。
なお、現在の学校教育法第124条に基づき設置されている専修学校専門課程とは法的に異なる制度です。
制定の背景
明治時代中期以降、旧制中学校の整備が進むにつれ、その卒業生の中からより高度な専門教育を求める声が高まりました。当時、高等教育を担う教育機関に関する統一的な法制度が存在せず、文部省は設立申請のたびに個別に認可を判断していました。私立学校を中心に専門学校の設立申請が相次いだことを受け、統一的な基準を定める必要性が生じ、本令が制定されました。
制度の概要
専門学校令は、第1条において「高等ノ学術技芸ヲ教授スル学校ハ専門学校トス」と定義し、専門学校に関する基本規定を定めました。入学資格は旧制中学校または修業年限4年以上の高等女学校の卒業生、あるいはそれと同等の学力を有すると認められた者に限定され、修業年限は3年以上とされました。
また、専門学校には予科、研究科、別科の設置が認められていました。高度な教育内容を備えた学校には「大学」の名称使用が許可される場合もあり、これらの一部は後に1919年(大正8年)の大学令に基づき旧制大学へと昇格しました。

実業専門学校との関係
専門学校令の制定と同時に実業学校令が改正され、高等教育を担う実業学校は「実業専門学校」として位置づけられました。高等商業学校、高等工業学校、高等農林学校などがこれに該当し、実業学校令ではなく専門学校令に基づく専門学校の別類型として扱われました。
戦時中の改正と廃止
第二次世界大戦中の1943年(昭和18年)、専門学校令の改正と実業学校令の廃止により、専門学校と実業専門学校の区別が撤廃されました。1944年(昭和19年)には、経済専門学校、工業専門学校、農林専門学校、外事専門学校など、名称の統一と改称が行われました。戦後の1947年(昭和22年)4月1日、学校教育法の施行に伴い専門学校令は廃止されました。
よくある質問
現在の専門学校と同じものですか?
どのような学校が専門学校令に含まれていましたか?
なぜ廃止されたのですか?
関連記事
参考文献
- 文部省『学制百年史』
- 官報(明治36年3月27日)