戦時中の主食節約政策と日本の節米料理
📌 主なポイント
- ✓節米料理は、日中戦争から太平洋戦争期にかけて主食である米を節約するために作られた料理の総称である。
- ✓1940年以降、百貨店の食堂などで米を使用しないメニュー(うどんランチや芋の寿司など)が提供された。
- ✓国策炊きや楠公飯(なんこうめし)などは米のかさを増やす調理法として普及したが、栄養価の向上はなく、食味の悪さが指摘されていた。
- ✓戦争末期から戦後にかけては、配給の米が極端に減少したため、野菜くずの雑炊やすいとんなどが代用食として中心的に食べられた。
節米料理(せつまいりょうり)は、日中戦争および太平洋戦争中期以降の日本において、国家的な節米運動の一環として当時の代表的な主食であった米をできるだけ節約するために考案・奨励された料理の総称である。「節米食(せつまいしょく)」とも称される。
日中戦争初期における混食と代用食の奨励
1937年の日中戦争勃発以降、国家総動員体制の進展とともに食糧事情が変化し、米の消費を抑えるための対策が講じられるようになった。初期の主な手法としては、白米に他の食材を混ぜる「混食」や、米以外の食材を主食とする「代用食」が推奨された。
混食は、現代の炊き込みご飯や混ぜご飯とは異なり、味覚や季節感を楽しむ目的ではなく、栄養やカロリーの確保、そして米の節約が最優先されていた。当時の具材には芋類、豆類、穀類、野菜のほか、シイタケ、油揚げ、野草、茶殻などが用いられた。通常の炊き込みご飯では具材の割合は全体の4分の1から5分の1程度であるが、当時の混食では具材が全体の3分の1、あるいは半分を占めることもあった。
また、1940年頃からは大都市を中心にインディカ米などの外米を6割以上混ぜた米の販売が実施された。しかし、その食感や風味の悪さから不評であり、食べやすくするために炒めご飯や混食として調理されることが多かった。
代用食としては、パン、うどん、芋類などが利用された。1940年5月以降は節米運動の推進に伴い、百貨店の食堂などで米を使用しないメニューの提供が始まった。例えば、そごうではうどんランチや芋のにぎりずし、高島屋では山芋やおからを用いた寿司、三越では馬鈴薯と麦を用いたカレーライスなどが提供された。この時期の代用食は、まだ味や彩りを工夫する余地が残されていた。
太平洋戦争期の国家統制と過酷な調理法
太平洋戦争が開始され戦局が激化すると、海外からの物資供給が途絶し、日本の食糧事情は一段と逼迫した。これに伴い、節米運動はより強制力と切実さを帯びたものへ変化した。
この時期を代表する調理法の一つが「国策炊き」である。これは熱湯を用いて米を急激に膨張させ、通常の米の量より約3割ほど見かけの量を増やす方法であった。政府や官庁、メディアもその普及に協力し、1944年に六大都市の国民学校で給食が開始された際には、小学4年生以上の生徒に国策炊きによる握り飯が配給された。しかし、この方法は水分によってかさが増しているだけであり、実際の栄養価やカロリーは変わらないため、食べた後にすぐ空腹感を覚えるという欠点があった。
同様に米のかさを増す調理法として、「炒り炊き」あるいは戦国時代の武将である楠木正成に由来すると伝えられる「楠公飯(なんこうめし)」があった。これは炒った玄米に一晩水を吸わせてから炊き上げる方法である。家庭での米不足を補う手段として雑誌等で紹介されたが、実際には「味が悪い」「苦くてすぐやめた」「水っぽくてまずい」といった体験談が多く残されており、弁当として持参した際には容器の底に白濁した水がたまるなど、食品としての質は大きく低下していた。
また、学校給食や弁当においてもサツマイモやジャガイモなどの代用食が一般化し、1943年11月以降は主要駅の駅弁が米の代わりに芋を使用した「芋弁当」へと切り替えられた。
戦争末期から戦後にかけての食糧難
太平洋戦争の末期になると、配給の米そのものが不足し、他の主食や野菜くずによる代用が常態化した。食糧管理法に違反する闇米の価格が急騰する中、一般家庭の食卓は、少量の米とダイコンの葉、芋のつる、ジャガイモの切れ端などを大量の汁で煮込んだ雑炊や、飼料用のトウモロコシ、油を搾った後の豆かすなどを利用したものへと移行した。戦時下の代用食として広く知られる「すいとん」も、この時期に本格的に活用されるようになった。極度の食糧難は終戦後も継続し、日本がこうした状況から完全に脱却するのは1949年頃のこととなった。
よくある質問
節米料理とはどのようなものですか?
「国策炊き」とはどのような調理法ですか?
「楠公飯」の由来は何ですか?
戦時中の代用食にはどのようなものがありましたか?
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参考文献
- 斎藤美奈子『戦下のレシピ』岩波書店〈岩波アクティブ新書〉、2002年8月。
- 小泉和子『ちゃぶ台の昭和』河出書房新社〈らんぷの本〉、2002年11月。
- 新田太郎他『図説東京流行生活』河出書房新社〈ふくろうの本〉、2003年9月。