日本の行政機関
社会局 (内務省)
1920年に内務省の内部部局として設置された日本の行政機関「社会局」の歴史、所掌事務、歴代局長、およびその後の厚生省・労働省への系譜について解説します。
📌 主なポイント
- ✓社会局は1920年に内務省の内部部局として設置された。
- ✓1922年に内務省の外局へと改編された。
- ✓1938年に衛生局とともに内務省から分離し、厚生省となった。
- ✓労働問題、社会保険、児童保護、失業救済などの社会行政事務を広範に所管した。
社会局(しゃかいきょく)とは、1920年(大正9年)に内務省の内部部局として設置された日本の行政機関である。その後、1922年(大正11年)に内務省の外局となり、労働問題や社会事業、社会保険などを所管したのち、1938年(昭和13年)に衛生局とともに分離されて厚生省となった。
歴史と沿革
第一次世界大戦後の社会運動の高まりや労働問題の深刻化に伴い、労働・社会政策を統一的に管轄する中央官庁の設置が求められる中で、1920年8月24日に内務省の内部部局として社会局が発足した。設置当初の初代局長には池田宏が就任した。
発足から2年後の1922年には、社会局官制(大正11年勅令第460号)の公布に伴い内務省の外局へと昇格した。その後、1938年に衛生局とともに内務省から分離・独立し、新たに設置された厚生省へと改編された。さらに第二次世界大戦後の1947年には、労働部門が分離されて労働省が設置されることとなった。
所掌事務
大正11年勅令第460号による社会局官制第1条では、以下の事項が所掌事務として定められていた。
- 労働に関する一般事項
- 工場法施行に関する事項
- 鉱業法中鉱夫に関する事項
- 社会保険に関する事項
- 失業の救済及防止に関する事項
- 国際労働事務に関する統轄事項
- 賑恤救済に関する事項
- 児童保護に関する事項
- 軍事救護に関する事項
- 其の他社会事業に関する事項
- 労働統計に関する事項
内部組織
社会局官制第3条に基づき、以下の課および部が置かれた。
- 庶務課:人事、文書及会計に関する事務並他の主掌に属せさる事務
- 統計課:統計に関する事務
- 第一部:労働に関する一般事項、工場法施行に関する事項、鉱業法中鉱夫に関する事項、および国際労働事務に関する統轄事項を担当
- 第二部:社会保険、失業の救済及び防止、賑恤救済、児童保護、軍事救護、その他社会事業に関する事項を担当
歴代局長
社会局の歴代局長には、以下官僚が就任した。
- 池田宏(1920年8月24日 - 1920年12月25日)
- 小橋一太(1920年12月25日 - 1921年4月22日 ※心得)
- 田子一民(1921年4月22日 - 1922年2月21日 ※心得、1922年2月21日 - 1922年11月1日)
- 塚本清治(1922年11月1日 - 1923年9月5日)
- 池田宏(1923年9月5日 - 1924年12月15日)
- 長岡隆一郎(1924年12月15日 - 1929年6月25日)
- 潮恵之輔(1929年6月25日 - 1929年7月23日 ※事務取扱)
- 吉田茂(1929年7月23日 - 1931年5月8日)
- 松本学(1931年5月8日 - 1931年12月18日)
- 丹羽七郎(1931年12月18日 - 1934年7月10日)
- 赤木朝治(1934年7月10日 - 1935年6月28日)
- 半井清(1935年6月28日 - 1936年3月13日)
- 広瀬久忠(1936年3月13日 - 1937年6月5日)
- 大村清一(1937年6月5日 - 1938年1月11日)
よくある質問
社会局はいつ設立されましたか?
1920年(大正9年)8月24日に内務省の内部部局として設置されました。
社会局は最終的にどの省庁へと発展しましたか?
1938年に衛生局とともに内務省から分離されて厚生省となり、戦後の1947年には労働部門が独立して労働省が設置されました。
社会局が担当していた主な事務は何ですか?
労働一般、工場法や鉱業法に関する事項、社会保険、失業の救済・防止、児童保護、軍事救護、労働統計などの社会行政全般を担当していました。
関連記事
内務省厚生省労働省厚生労働省社会局 (琉球政府)
参考文献
- 「社会局|アジ歴グロッサリー」アジア歴史資料センター。
- 山本悠三 「社会局設置経過について 『社会行政史序説』その4」 東京家政大学、1995年9月20日。
- 百瀬孝 『内務省‐名門官庁はなぜ解体されたか‐』 PHP新書、1998年。
- 秦郁彦編 『日本官僚制総合事典: 1868-2000』 東京大学出版会、2001年。