人物
柴田淑次:気象庁長官を務めた気象官僚
柴田淑次は、日本の気象官僚であり、第6代気象庁長官を務めた人物。京都帝国大学卒業後、気象庁でのキャリアを経て、退官後は拓殖大学で教授を務めた。
📌 主なポイント
- ✓1908年生まれ、京都府出身。
- ✓1931年に京都帝国大学理学部宇宙物理学科を卒業。
- ✓1965年から1969年まで第6代気象庁長官を務めた。
- ✓1978年に勲二等瑞宝章を受章。
- ✓1982年7月26日に死去し、従三位に叙せられた。
柴田 淑次(しばた よしじ、1908年9月1日 - 1982年7月26日)は、日本の気象官僚、理学博士。第6代気象庁長官を務めた人物である。
経歴
京都府出身。旧制京都府立第一中学校、旧制第三高等学校を経て、1931年に京都帝国大学理学部宇宙物理学科を卒業した。同年、中央気象台(現・気象庁)に入庁し、気象行政の専門家としてキャリアを積んだ。
気象庁内では要職を歴任し、1960年に仙台管区気象台長、1963年には海洋気象部長に就任した。1965年3月から1969年3月まで、気象庁長官を務めた。
退官後
1969年の退官後は、拓殖大学の教授に就任し、1979年まで教鞭を執った。1978年11月には、勲二等瑞宝章を受章している。
死去
1982年7月26日、急性肺炎のため死去。73歳没。死没に際し、従三位に叙せられた。
よくある質問
柴田淑次はどのような経歴の人物ですか?
京都帝国大学理学部を卒業後、気象庁に入庁し、仙台管区気象台長や海洋気象部長などの要職を経て、第6代気象庁長官を務めた気象官僚です。
柴田淑次が気象庁長官を務めた期間はいつですか?
1965年3月から1969年3月までの期間です。
柴田淑次の最終的な位階は何ですか?
1982年の死去時に、従三位に叙せられました。
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参考文献
- 人事興信所 編『人事興信録 第31版 上』人事興信所、1981年。
- 日本経済新聞 1982年7月27日 朝刊 P23。
- 官報 第16665号(1982年8月17日)9頁。
- 官報 第16666号(1982年8月18日)17頁。