日本の河川

愛媛県の主要河川:重信川の地理と歴史的背景

愛媛県の主要河川:重信川の地理と歴史的背景
愛媛県中予地方を流れる一級河川「重信川」の地理的特徴、歴史的な流路改修、源流点、および環境に関する百科事典記事。

📌 主なポイント

  • 重信川は愛媛県中予地方を流れる延長36kmの一級河川である。
  • 川の名前は、江戸時代初期に治水工事を行った加藤嘉明の家臣・足立重信に由来する。
  • 2012年に東三方ヶ森山中の石積み堰堤箇所が源流点として正式に確定された。

重信川(しげのぶがわ)は、愛媛県中予地方を流れる一級河川であり、重信川水系の本川である。東温市付近を扇頂として広大な扇状地である道後平野を形成している。戦国時代以前は「伊予川」と呼ばれていた。

重信川 2007年3月6日撮影
重信川 2007年3月6日撮影

地理

高縄半島の東三方ヶ森(標高1,233m)の南麓に発し、南流する。東温市見奈良からは向きを西に変え、松山平野(道後平野)を潤しながら松山市と伊予郡松前町の境界を成し、伊予灘へ注ぐ。高低差のわりに河川長が短いため、過去に度々洪水に見舞われてきた。

地図
地図
地図
地図

源流点

2012年12月5日、「重信川の自然をはぐくむ会」による調査が行われ、東三方ヶ森山頂から東北東約500mの山中にある石積み堰堤箇所が源流点として確定された。正確な位置は標高1,000メートル、北緯33度54分17秒、東経132度57分55秒(西条市丹原町田滝)である。

歴史と名称の由来

かつて「伊予川」と呼ばれていたこの河川は、豪雨の度に氾濫を繰り返す暴れ川であった。文禄・慶長年間、松山城主であった加藤嘉明の命により、家臣の足立重信が大規模な改修工事を行った。この工事によって森松付近からの流路が北に寄せられ、現在の伊予灘に流れ込む形へと改められた。また、石手川の流路も変更され、現在の出合付近で重信川と合流するようになった。一連の治水功績を讃え、のちに人々はこの川を「重信川」と呼ぶようになった。

主な支流と環境

主な支流として石手川や小野川などが挙げられる。河床は砂礫層であり、流域の両岸には伏流水による湧水が多く見られる。また、伊予灘に流れ込む河口部には干潟が広がり、シギやチドリなどの渡り鳥の渡来地として知られている。

内川
内川
悪社川
悪社川
御坂川(左)と砥部川(右)
御坂川(左)と砥部川(右)
表川
表川

主な橋梁と交通

流域には数多くの橋梁が架けられており、川口大橋や出合大橋などが交通の要所となっている。また、周辺には伊予鉄道横河原線や国道11号、松山自動車道などの交通網が並行している。

川口大橋
川口大橋
重信川橋梁(予讃線)
重信川橋梁(予讃線)
重信川橋(松山自動車道)
重信川橋(松山自動車道)
拝志大橋
拝志大橋

よくある質問

重信川の名前の由来は何ですか?
戦国時代から江戸時代初期にかけて、松山城主・加藤嘉明の命を受けた家臣の足立重信が大規模な流路改修や治水工事を行い、洪水の被害を食い止めたその功績を讃えて名付けられました。
重信川の源流点はどこにありますか?
東三方ヶ森山頂から東北東約500mの山中にある石積み堰堤箇所(標高1,000m)が源流点とされています。

関連記事

石手川道後平野加藤嘉明足立重信伊予灘

参考文献

西条・丹原の山中に重信川源流点を確定 愛媛新聞ONLINE (2012年12月7日) / 松山河川国道事務所 重信川とは 国土交通省