日本の歌人
清水房雄:昭和から平成にかけて活躍した日本の歌人
昭和から平成期にかけて『アララギ』を中心に活躍し、数々の歌集や文学賞を残した日本の歌人・清水房雄の生涯と業績を紹介する百科事典記事。
📌 主なポイント
- ✓清水房雄は1915年8月7日生まれ、2017年3月3日に101歳で逝去した日本の歌人。
- ✓1938年に『アララギ』に入会し、土屋文明や五味保義に師事した。
- ✓東京都立北園高等学校校長や昭和女子大学教授を務めるかたわら、読売歌壇の選者を1990年から2008年まで務めた。
- ✓2005年には宮中歌会始の召人を務めた。
清水 房雄(しみず ふさお、1915年8月7日 - 2017年3月3日)は、日本の歌人。千葉県出身。本名は渡辺弘一郎。東京文理科大学を卒業後、国語教師として勤務する傍ら、アララギ派の歌人として長く短歌界に足跡を残した。
経歴
千葉県に生まれ、東京文理科大学で学んだ。大学時代には加藤楸邨と同期であった。1938年に結社誌『アララギ』に入会し、土屋文明や五味保義に師事した。九州小倉での国語教師を経て、予科練の教官として土浦、西宮、高野山などを経由し、倉敷海軍航空隊で終戦を迎えた。
戦後は東京都内の都立高校で教鞭をとり、東京都立九段高等学校教頭、東京都立北園高等学校校長、昭和女子大学教授などを歴任した。教育者としての活動と並行して『アララギ』の編集に深く携わり、戦後歌壇の重鎮として活動した。1990年から2008年まで読売歌壇の選者を務めたほか、1997年の『アララギ』終刊後は『青南』の編集委員を務めた。また、漢詩・漢籍にも造詣が深く、宮中歌会始の選者や2005年の歌会始の召人を務めたことでも知られる。
受賞歴
生涯にわたり多くの歌集を発表し、著名な文学賞を数多く受けている。
- 1964年:『一去集』で第8回現代歌人協会賞
- 1977年:「春の土」で第13回短歌研究賞
- 1990年:『絑間抄』で第17回日本歌人クラブ賞
- 1998年:『旻天何人吟』で第32回迢空賞
- 1999年:『老耄章句』『斎藤茂吉と土屋文明』で第22回現代短歌大賞
- 2004年:『獨孤意尚吟』で第15回斎藤茂吉短歌文学賞
- 2008年:『已哉微吟』で第23回詩歌文学館賞
主な著作
歌集および研究書のほか、近代歌人に関する著作も多数遺している。
- 『一去集 歌集』白玉書房、1963年
- 『又日々 歌集』白玉書房、1971年
- 『長塚節の秀歌 覚書』短歌新聞社、1984年
- 『天南 歌集』短歌新聞社、1987年
- 『子規漢詩の周辺』明治書院、1996年
- 『旻天何人吟』不識書院、1997年
- 『斎藤茂吉と土屋文明 その場合場合』明治書院、1999年
- 『碌々散吟集 歌集』短歌研究社、2005年
- 『已哉微吟 歌集』角川書店、2007年
- 『残吟抄』不識書院、2013年
よくある質問
清水房雄はどのような人物ですか?
昭和から平成期にかけて活躍した日本の歌人です。『アララギ』に所属し、土屋文明に師事しながら数多くの歌集を発表しました。
清水房雄の代表的な受賞歴は何ですか?
現代歌人協会賞、日本歌人クラブ賞、迢空賞、斎藤茂吉短歌文学賞など、多数の重要な文学賞を受賞しています。
清水房雄は教育者としてどのような役職を務めましたか?
都立高校の教諭や東京都立九段高等学校教頭、東京都立北園高等学校校長、さらに昭和女子大学教授などを歴任しました。
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参考文献
1. 清水房雄さん死去 - 朝日新聞デジタル (2017年3月11日)
2. 戦後歌壇の重鎮、清水房雄さん死去…101歳 - 読売新聞 (2017年3月10日)