日本の雑誌
白樺 (文芸雑誌)

明治末期から大正期にかけて刊行された日本の文芸・美術雑誌『白樺』の歴史、主要な同人、美術界への影響について解説します。
📌 主なポイント
- ✓1910年4月に創刊された文芸・美術雑誌である。
- ✓武者小路実篤、志賀直哉らの学習院出身者を中心に創刊された。
- ✓ヨーロッパの近代美術を紹介するなど、美術界にも大きな影響を与えた。
- ✓1923年8月の第160号をもって廃刊となった。
『白樺』(しらかば)は、日本の文芸および美術雑誌である。1910年(明治43年)4月に創刊され、1923年(大正12年)8月まで刊行された。

歴史と概要
本誌は武者小路実篤、志賀直哉、木下利玄、正親町公和、細川護立ら学習院の関係者を中心とする青年たちによって創刊された。誌史としては、回覧雑誌である「望野」「麦」「桃園」の三誌が合同したことによって成立した経緯を持つ。個性主義や自由主義を基調とし、第一次世界大戦期の日本文学界において大きな役割を果たした。

主な同人
創刊に関わったメンバーのほか、有島武郎、有島生馬、里見弴、長與善郎、柳宗悦、園池公致、児島喜久雄、郡虎彦らが参加した。また、岸田劉生が表紙の装丁を担当したり文章を寄稿したりするなど、文学のみならず美術の分野とも深く関わった。
美術への影響
文芸雑誌でありながら、オーギュスト・ロダンやポール・セザンヌをはじめとするヨーロッパの近代美術を日本に紹介し、美術展を開催するなどして当時の美術界にも多大な影響を与えた。
廃刊
1923年(大正12年)8月まで全160号が刊行された。第161号の刊行も予定されていたが、同年9月に発生した関東大震災の影響により廃刊となった。
よくある質問
『白樺』はいつ創刊されましたか?
1910年(明治43年)4月に創刊されました。
『白樺』の主な同人にはどのような人物がいますか?
武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎、里見弴、柳宗悦などが参加していました。
『白樺』が廃刊になった原因は何ですか?
1923年8月まで全160号が刊行された後、第161号の刊行予定時に発生した関東大震災の影響により廃刊となりました。
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参考文献
- 稲垣達郎作里見弴年譜『有島武郎・里見弴 現代日本文学館15』所収 文藝春秋, 1968