日本の元号
至徳 (日本)
日本の南北朝時代(北朝)に使用された元号である至徳についての歴史的背景、改元理由、出典、および主な出来事を解説する百科事典記事です。
📌 主なポイント
- ✓至徳は日本の南北朝時代において北朝で使用された元号である。
- ✓使用期間は1384年から1387年までで、永徳の後、嘉慶の前にあたる。
- ✓元号の出典は儒教経典の一つである『孝経』である。
- ✓至徳元年(1384年)に観阿弥が51歳で死去した。
至徳(しとく、旧字体: 至德)は、日本の南北朝時代の一つで、北朝方にて使用された元号である。永徳の後、嘉慶の前。使用された期間は1384年から1387年までの期間を指す。この時代の天皇として、北朝方は後小松天皇、南朝方は後亀山天皇が在位しており、室町幕府の将軍は足利義満であった。
改元と典拠
永徳4年2月27日(ユリウス暦1384年3月19日)に甲子革令に当たるため改元された。その後、至徳4年8月23日(ユリウス暦1387年10月5日)に嘉慶へと改元されている。
元号の出典は、『孝経』の記述である「先王有至徳要道、以訓天下、民用和睦、上下亡怨」に基づく。
至徳期の主な出来事
至徳元年には、能楽の大成者の一人である観世座の観阿弥が没した。享年は51歳であった。
よくある質問
至徳とはどの時代の元号ですか?
日本の南北朝時代において、京都の北朝方で使用された元号です。
至徳の期間はいつからいつまでですか?
1384年から1387年までの期間です。
至徳の元号の由来は何ですか?
中国の古典である『孝経』の一節「先王有至徳要道、以訓天下、民用和睦、上下亡怨」に由来しています。
関連記事
永徳嘉慶後小松天皇足利義満観阿弥南北朝時代 (日本)
参考文献
日本歴史大事典 小学館、及び各種史料による。