日本の元号
正長:室町時代の日本の元号(1428年〜1429年)
日本の元号の一つである「正長」について解説。応永の後、永享の前で、1428年から1429年までの期間を対象とし、称光天皇および後花園天皇の治世、正長の土一揆などを網羅する。
📌 主なポイント
- ✓正長は応永の後、永享の前に位置する日本の元号であり、1428年から1429年までの期間に適用された。
- ✓元号の典拠は『礼記』正義の記述に基づいている。
- ✓正長期には称光天皇の崩御や後花園天皇の践祚があり、正長の土一揆が発生した。
正長(しょうちょう)は、日本の元号の一つ。応永の後、永享の前であり、1428年から1429年までの期間を指す。この時代の天皇は称光天皇および後花園天皇。室町幕府の将軍は期間の一部で空位であった。
改元の背景と経緯
応永35年4月27日(ユリウス暦1428年6月10日)、称光天皇の即位に伴う代始改元として正長に改められた。称光天皇は応永19年8月29日(1412年10月5日)に践祚していたが、室町幕府が長年にわたり改元を認めず、即位後16年を経てようやく実施された経緯がある。そのため、新将軍(足利義教)の就任に合わせた代始改元であったとする見方もある。また、改元から3か月後に称光天皇は崩御することとなった。
その後、正長2年9月5日(ユリウス暦1429年10月3日)に永享へ改元された。なお、永享への改元当時、足利義教と対立していた鎌倉公方・足利持氏はこの改元を認めず、「正長4年」(永享3年=1431年)まで正長の元号を使用し続けた。
典拠
元号の典拠は『礼記』正義にある「在位之君子、威儀不差忒、可以正長是四方之国」の記述から採用されている。
主な出来事
- 元年7月28日(1428年):称光天皇の崩御に伴い、後花園天皇が践祚。
- 元年(1428年):正長の土一揆が発生。
- 2年3月15日(1429年4月18日):足利義教の征夷大将軍宣下が行われ、4年間にわたった室町幕府の将軍空位が解消される。
参考文献
北爪真佐夫「元号と武家」『札幌学院大学人文学会紀要』第68巻、2000年。
藤本孝一『中世史料学叢論』思文閣出版、2009年。
よくある質問
正長とはいつの時代の元号ですか?
室町時代の1428年から1429年までの期間を指す日本の元号です。
正長の元号はどのような典拠に基づいていますか?
『礼記』正義にある「在位之君子、威儀不差忒、可以正長是四方之国」の文言から採られています。
正長期に起きた主な出来事は何ですか?
称光天皇の崩御と後花園天皇の践祚、正長の土一揆の発生、および足利義教の征夷大将軍宣下による将軍空位の解消などが挙げられます。
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参考文献
北爪真佐夫「元号と武家」『札幌学院大学人文学会紀要』第68巻、2000年。藤本孝一『中世史料学叢論』思文閣出版、2009年。