日本の元号
正暦 (日本)
正暦(しょうりゃく)は、日本の平安時代、一条天皇の治世に行われた元号です。990年から995年までの期間を指します。
📌 主なポイント
- ✓正暦は平安時代、一条天皇の治世における元号である。
- ✓期間は西暦990年から995年までである。
- ✓正暦2年(991年)に日本初の女院号である「東三条院」が宣下された。
- ✓正暦4年から5年にかけて疱瘡(天然痘)が流行し、社会的な混乱が生じた。
正暦(しょうりゃく)は、日本の元号の一つ。永祚の後、長徳の前にあたり、西暦990年から995年までの期間を指す。この時代の天皇は一条天皇である。
改元
永祚2年11月7日(ユリウス暦990年11月26日)に改元が行われた。その後、正暦6年2月22日(ユリウス暦995年3月25日)に長徳へ改元された。なお、出典および勘申者は不明である。
正暦期におきた出来事
正暦年間には、藤原道隆が摂政・関白として権勢を振るった。また、文化面では藤原兼家の孫である定子が入内したことで、後の宮廷女流文学が発展する契機が生まれた。
政治・社会面では以下の出来事が記録されている。
- 正暦2年(991年):一条天皇が皇太后・詮子に「東三条院」の号を宣下した。これが日本における女院号の始まりとされる。また、出家していた円融上皇が崩御した。
- 正暦4年(993年):8月に疱瘡(天然痘)が流行し、租庸調が免除された。
- 正暦5年(994年):4月、京中で疱瘡が再流行し、路頭に病者や死者が溢れる事態となった。また、落雷により金剛峯寺が炎上した。
よくある質問
正暦の読み方は何ですか?
「しょうりゃく」と読みます。
正暦の期間はいつからいつまでですか?
西暦990年から995年までです。
日本初の女院号は何ですか?
正暦2年(991年)に宣下された「東三条院」が日本初の女院号です。
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参考文献
- 『日本年号事典』
- 『国史大辞典』