昭和60年豪雪の概要と被害
📌 主なポイント
- ✓1984年12月から1985年2月にかけて発生した局地的な豪雪災害である。
- ✓死者48人、負傷者373人の人的被害が記録された。
- ✓16自治体で災害救助法が適用された。
- ✓新潟県上越市などで観測史上記録的な積雪を記録した。
昭和60年豪雪(しょうわ60ねんごうせつ)は、1984年(昭和59年)12月から1985年(昭和60年)2月にかけて、主に北陸地方を中心に発生した局地的な豪雪災害です。この冬は、一部の地域で記録的な積雪を観測した一方で、多くの地点では平年並みの積雪にとどまるという特徴がありました。この豪雪により、死者48人、重傷者159人、軽傷者214人の人的被害が発生し、16の自治体に対して災害救助法が適用されました。
1984年12月の気象と影響
1984年12月前半は比較的温暖な気候で推移していましたが、下旬に入ると中国東北部から強い寒気団が南下し、日本海側を中心に大雪をもたらしました。12月24日には北海道稚内市の上空500ヘクトパスカル地点で観測史上最低となる-53.8℃を記録するなど、全国的に厳しい冷え込みとなりました。
この大雪は年末の帰省ラッシュを直撃し、交通機関に甚大な影響を与えました。信越本線などで貨物列車や旅客列車が長時間立ち往生し、多くの乗客が車内で夜を明かす事態となりました。新潟県十日町市や上越市では積雪が急増し、12月としては観測史上上位の記録を更新しました。この期間、高齢者の除雪作業中の事故が多発し、死傷者が相次ぎました。
1985年1月および2月の経過
1985年に入っても冬型の気圧配置が断続的に強まりました。1月14日には新潟県能生町(現・糸魚川市)の工場で積雪の重みにより屋根が崩落し、8人が負傷する事故が発生しました。1月30日には上越市で積雪298センチメートルを観測するなど、記録的な積雪となりました。
2月に入ると冬型の気圧配置は長続きしなくなりましたが、地盤の緩みによる災害が発生しました。2月16日には新潟県青海町(現・糸魚川市)で土砂崩れが発生し、10人が死亡する惨事となりました。また、2月19日には関東地方でも降雪があり、中央本線で特急列車が立ち往生するなど、影響は広範囲に及びました。
よくある質問
昭和60年豪雪はどのような災害ですか?
人的被害はどの程度でしたか?
なぜ「局地的豪雪」と呼ばれるのですか?
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参考文献
- 国土交通省「6.豪雪(信濃川水系河川整備基本方針)」(2008年)
- 村上律雄「1985(昭和60)年の日本の天候の特徴」『農業気象』41巻4号(1986年)
- 気象庁「観測史上1~10位の値」各種データ
- 朝日新聞 1984年12月~1985年2月各紙面