日本の元号
正和 (日本) - 鎌倉時代の元号
正和(しょうわ)は、日本の鎌倉時代、花園天皇の治世に行われた元号。1312年から1317年までの期間を指します。
📌 主なポイント
- ✓正和は1312年から1317年まで使用された日本の元号である。
- ✓改元の理由は天変地震によるものである。
- ✓この時期の天皇は花園天皇であり、鎌倉幕府の執権は北条氏が務めた。
正和(しょうわ)は、日本の元号の一つ。応長の後、文保の前にあたる。1312年から1317年までの期間を指し、この時代の天皇は花園天皇であった。
改元
応長2年3月20日(ユリウス暦1312年4月27日)、天変地震を理由として改元が行われた。その後、正和6年2月3日(ユリウス暦1317年3月16日)に文保へと改元された。
出典
元号の由来は、『唐記』にある「皇帝受レ朝奏二正和一」という記述に基づいている。
正和期の政治と出来事
この時期の鎌倉幕府では、守邦親王が将軍を務め、北条氏による執権政治が続いていた。執権は北条宗宣、北条煕時、北条基時、北条高時と短期間で交代した。
主な出来事
- 正和元年(1312年):北条煕時が第12代執権に就任。
- 正和元年(1312年):北条基時が第13代執権に就任。
- 正和元年(1312年):北条高時が第14代執権に就任。
死去
- 正和元年6月12日:北条宗宣
- 正和4年7月18日:北条煕時
- 正和5年10月20日:高峰顕日
よくある質問
正和という元号はいつからいつまで使われましたか?
1312年から1317年まで使用されました。
正和の次の元号は何ですか?
文保です。
正和の元号の由来は何ですか?
『唐記』にある「皇帝受レ朝奏二正和一」という記述から採用されました。
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参考文献
- 『日本年号史大事典』
- 『鎌倉幕府執権次第』