日本の歴史
昭和史論争の歴史的背景と展開
1955年に刊行された遠山茂樹・今井清一・藤原彰共著『昭和史』をめぐる「昭和史論争」の経緯、亀井勝一郎による批判と歴史学者らの反論、およびその歴史的意義について解説します。
📌 主なポイント
- ✓昭和史論争は、1955年に刊行された遠山茂樹・今井清一・藤原彰共著の岩波新書『昭和史』をめぐって発生した。
- ✓作家の亀井勝一郎が『文藝春秋』1956年3月号で同書を批判したことが発端となった。
- ✓亀井の批判に対し、歴史学者の井上清や江口朴郎らが反論を行い、松田道雄や竹山道雄なども論戦に加わった。
- ✓著者らは論争を踏まえ、1959年8月に同書の改訂版を刊行し、初版は絶版となった。
昭和史論争(しょうわしろんそう)は、1955年(昭和30年)11月16日に岩波書店より刊行された新書、遠山茂樹・今井清一・藤原彰共著『昭和史』の内容をめぐって展開された論争である。
論争の端緒と亀井勝一郎による批判
1956年3月、作家の亀井勝一郎が『月刊 文藝春秋』誌上で、共著『昭和史』に対して批判を展開したのが本論争の端緒となった。亀井は同書に対し、以下の諸点を指摘して批判を行った。
- 敗戦に導いた元凶や階級闘争の闘士は登場するものの、戦争や侵略を支持した国民の姿が描かれていない点。
- 個々の人物描写が乏しく、共産主義者の戦いが国民の広い層と密着していなかった点が無視されている点。
- 戦争で犠牲となった死者の視点が描かれていない点。
- ソビエト連邦の参戦に対する批判を避けている点。
この亀井による批判に対して、歴史学研究者であった井上清や江口朴郎らが反論を行った。さらに、松田道雄、山室静、竹山道雄といった文化人・論者も同調して論戦に加わり、第二次世界大戦後の日本における歴史認識をめぐる重要な議論となった。
共著『昭和史』の改訂
一連の論争や批判を受けて、著作者である遠山茂樹、今井清一、藤原彰の3名は検討を重ね、1959年(昭和34年)8月31日に改訂版を刊行した。これに伴い、当初の版は絶版となった。
歴史的意義
昭和史論争は、第二次世界大戦および敗戦後の日本における歴史認識のあり方をめぐる論争として位置づけられている。また、その後の歴史教育や教科用図書検定、家永教科書裁判をはじめとする歴史教科書問題をめぐる論争の出発点としての意味合いも持っている。
よくある質問
昭和史論争とは何ですか?
1955年に刊行された遠山茂樹・今井清一・藤原彰共著の岩波新書『昭和史』の内容をめぐり、1956年以降におこなわれた歴史認識に関する論争です。
論争のきっかけは何でしたか?
作家の亀井勝一郎が『月刊 文藝春秋』1956年3月号において、国民の戦争責任への視点の欠如やソ連参戦への姿勢などを理由に共著『昭和史』を批判したことがきっかけとなりました。
論争の後、『昭和史』はどうなりましたか?
著者らは論争をもとに内容を見直し、1959年8月に改訂版を刊行しました。これに伴い、当初の版は絶版となりました。
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参考文献
- 亀井勝一郎「現代史家への疑問―歴史家に「総合的」能力を要求することは果して無理だろうか」『文藝春秋』1956年3月号
- 遠山茂樹・今井清一・藤原彰『昭和史〔新版〕』岩波書店〈岩波新書(青版)355〉、1959年