政治・歴史

国葬の歴史と制度:日本および諸外国における国家儀式としての葬儀

国葬の歴史と制度:日本および諸外国における国家儀式としての葬儀
国家の功労者を国費で弔う儀式である国葬の歴史や定義、日本における戦前・戦後の法制度と主な事例について、検証可能な出典に基づいて詳しく解説します。

📌 主なポイント

  • 国葬とは、国家に特別な功労があった人物の死去に際し、国家の儀式として国費で実施される葬儀である。
  • 日本では大正15年に国葬令が公布され、天皇・皇族のほか国家に偉功ある者に対する国葬の規定が明文化されたが、戦後に失効した。
  • 第二次世界大戦後、首相経験者に対する国葬としては1967年の吉田茂および2022年の安倍晋三の例がある。

国葬(こくそう、英語: state funeral, public funeral)とは、国家にとって特別な功労があった人物の死去に際し、国家の儀式として国費で実施される葬儀のことである。

概説

第一義的には国の統治者である国王、天皇、大統領、首相などが対象となる儀式であるが、近代以降の国民国家においては、国民を代表する著名な功労者や軍人、作家、アーティストらを国費で顕彰することにより、国民的統合を図るナショナリズム発揚の装置としても機能してきた。葬列における儀仗隊の参加や弔砲など、軍や国家機関が演出に関与する事例が多く見られる。

日本における国葬の歴史と制度

明治から第二次世界大戦まで

日本において「国葬」という名称は明治以降に正式に使用されるようになった。国家に功績のあった臣下や皇族が死去した際には、勅令である「国葬令」に基づいて個別に国葬が執り行われていた。

1926年(大正15年)に公布された国葬令では、天皇や皇族の葬儀である「大喪儀」が国葬に含まれたほか、「国家に偉功ある者」に対して天皇の特旨により国葬を賜うことができると規定された。この規定に基づき、伊藤博文、山縣有朋、東郷平八郎、山本五十六などの元老や軍人、首相経験者に対して国葬が実施された。

第二次世界大戦後の法制度と事例

第二次世界大戦後、国葬令が失効したことに伴い、同令に基づく法的根拠は消滅した。新しい皇室典範では天皇および上皇の崩御に際して「大喪の礼」を行うことが規定され、これらは国家儀式として国費で実施されている。

皇族以外の人物に対する国葬としては、1967年(昭和42年)に死去した元内閣総理大臣の吉田茂に対して、閣議決定を経て「故吉田茂国葬儀」が日本武道館で執り行われた。これは政教分離の原則に基づき、宗教色を排した形式で行われた。

その後、2022年(令和4年)には、同年7月に銃撃を受け死亡した元内閣総理大臣の安倍晋三に対し、内閣府設置法第4条第3項第33号を根拠とする国の儀式として、同年9月27日に日本武道館で「国葬儀」が閣議決定により開催された。

よくある質問

国葬とは何ですか?
国家にとって特別な功労があった人物の死去に際し、国家の儀式として国費で実施される葬儀のことです。
戦前の日本における国葬の法的根拠は何でしたか?
1926年(大正15年)に公布された「国葬令」が法的根拠となっていましたが、第二次世界大戦後に失効しました。
戦後、皇族以外で国葬が行われたのは誰ですか?
元内閣総理大臣の吉田茂(1967年)と安倍晋三(2022年)の2名が挙げられます。

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参考文献

  • 国葬とは コトバンク
  • 内閣総理大臣官房編『故吉田茂国葬儀記録』1968年3月30日
  • 「安倍氏国葬、内閣府設置法が根拠 『国の儀式』に」産経新聞、2022年7月16日