菅平高原の気候・歴史・スポーツ合宿の概要

📌 主なポイント
- ✓菅平高原は、長野県上田市と須坂市にまたがる標高1,250〜1,650mの高原地帯である。
- ✓1927年に矢追秀武によって「日本のダボス」と命名され、1928年にスキー場が開設された。
- ✓1931年に法政大学ラグビー部が合宿所として利用したことを契機に、ラグビーをはじめとするスポーツ合宿の拠点として発展した。
- ✓ケッペンの気候区分における湿潤大陸性気候・亜寒帯湿潤気候(Dfb)に属し、冬季には極めて低い気温が観測される。
菅平高原(すがだいらこうげん)は、上信越高原国立公園に属し、長野県上田市の北部から須坂市にまたがる標高1,250mから1,650mの高原地帯である。

夏期でも冷涼な気候特性を持つことから、古くから林間学校やスポーツ合宿の拠点として知られており、ラグビー、サッカー、陸上競技、スキーなど多様な競技が盛んに行われている。また、十ノ原地区などは別荘地として開発され、冷涼な環境を活かした高原野菜の栽培も行われている。
歴史と発展
1927年に矢追秀武によって「日本のダボス」と命名され、同年に菅平スキークラブが発足した。翌1928年1月には菅平高原スキー場が開設された。さらに1929年には、来日したハンネス・シュナイダーによって海外へ「日本のシュヴァルツヴァルト」として紹介された。
スポーツ合宿地としての歴史は、1931年に法政大学ラグビー部が合宿所として誘致されたことに始まる。翌年には早稲田大学も利用するなど、次第にラグビーグラウンドが増加していった。

1999年には、天然芝グラウンドや陸上競技場を備える「菅平高原スポーツランド」(サニアパーク菅平)が完成し、2018年には屋内トレーニング施設「菅平高原アリーナ」がオープンした。2019年に開催されたラグビーワールドカップ2019では、イタリア代表の合宿地となった。なお、2024年4月1日からはネーミングライツにより、それぞれ「アンダーアーマー菅平サニアパーク」「アンダーアーマー菅平アリーナ」へと名称が変更されている。
自然と気候
周辺部には、日本百名山の一つである四阿山(標高2,354m)や、花の百名山である根子岳(標高2,207m)などの2,000m級の山々がそびえている。
気候区分では湿潤大陸性気候・亜寒帯湿潤気候(Dfb)に属し、年平均気温は6.6℃である。冬季には厳しいていおうが観測される地域としても知られ、2012年2月19日に-29.2℃、2023年1月26日に-27.0℃を記録している。
よくある質問
菅平高原の標高はどれくらいですか?
菅平高原がスポーツ合宿の聖地と呼ばれるようになったのはいつ頃ですか?
菅平高原の気候上の特徴は何ですか?
関連記事
参考文献
- 菅平:スキー場開設四十周年記念, 菅平観光協会, 1968年.
- 上田市ホームページ 各種資料
- 気象庁 観測資料