チャイコフスキーの傑作バレエ『白鳥の湖』の歴史と変遷

📌 主なポイント
- ✓『白鳥の湖』はピョートル・チャイコフスキーにとって初めて完成・発表されたバレエ音楽である。
- ✓1877年のボリショイ劇場での初演はレイジンゲルの振付で行われたが、当時は成功を収められなかった。
- ✓現在の多くの上演の基礎となっているのは、1895年にマリインスキー劇場で発表されたマリウス・プティパとレフ・イワノフによる蘇演版である。
- ✓日本国内での全幕初演は1946年に帝国劇場で行われた。
『白鳥の湖』(はくちょうのみずうみ、ロシア語: Лебединое озеро、英語: Swan Lake)は、ピョートル・チャイコフスキーが作曲したバレエ音楽(作品20)、およびそれを用いたクラシック・バレエを代表する作品である。『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』と共に「3大バレエ」と称される。
創作の背景
1875年春、モスクワのボリショイ劇場からバレエ音楽の作曲を依頼されたチャイコフスキーは、以前から興味を抱いていたこともあり承諾した。当時のバレエ音楽はオペラや交響曲に比べて芸術的価値が低いとみなされていたが、彼は自身の音楽的技法を取り入れ、物語性に富んだスコアを完成させた。これがチャイコフスキーにとって初めて発表された完成済みのバレエ音楽となった。
初演と評価の変遷
1877年3月4日(ロシア旧暦2月20日)、ボリショイ劇場においてヴェンツェル・レイジンゲルの振付により初演された。しかし、当時の水準が十分でなかったことや、従来のバレエ音楽とは異なる高度な楽曲構成が観客に十分に理解されなかったことから、初演は失敗に終わったとされる。その後も数年間上演が続けられたものの、1883年を最後にボリショイ劇場のレパートリーから外された。
1895年の蘇演とプティパ=イワノフ版
チャイコフスキーの没後、1895年1月15日(ロシア旧暦1月27日)にサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で全幕蘇演が行われた。この時の改訂版を手掛けたのが、振付家のマリウス・プティパとレフ・イワノフである。音楽面ではリッカルド・ドリゴによる整理や改変が加えられたものの、このプティパ=イワノフ版の成功により、本作はクラシック・バレエの金字塔として定着し、現在上演されている多くの演出の基礎となった。
日本における受容
日本国内では、1946年に帝国劇場にて東京バレエ団(第1期)によって全幕が初めて上演された。以降、国内外のバレエ団による上演が重ねられ、日本におけるバレエ公演の中でも特に高い上演回数を誇る演目となっている。
よくある質問
『白鳥の湖』の作曲者は誰ですか?
初演はいつどこで行われましたか?
現在の定番となっている振付は誰の版ですか?
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参考文献
- 森田稔『チャイコフスキーのバレエ「白鳥の湖」』音楽之友社、1999年。
- 渡辺真弓『バレエ・ピュア・マインド 『白鳥の湖』のすべて』新書館、2014年。